• 2023.05.23
  • M&A・事業承継

デューデリジェンスによる買収リスクの軽減

デューデリジェンスの重要性

M&Aを検討する際には買収の対象となる会社がどのような会社であるかを理解しておくことが重要です。対象会社の状況について専門家により確認することをデューデリジェンスといいます。

確認の対象としては主に、ビジネス面、会計面、法務面の3つがあげられます。ビジネス面については、どのような事業を行い、どのような顧客がいるのか、ビジネスを取り巻く環境や将来性はどうか、事業計画は適切かなどを検討します。ビジネスについては、通常買主がよく分かっていると思われますので、専門家による監査を必要としないのが通常です。会計デューデリは、会計面での監査で、通常公認会計士や税理士が行うことになります。主に貸借対照表と損益計算書の内容が関係する各帳票と一致しているかどうかを確認する作業になります。また、減価償却が適正になされているか、役員との金銭の出納は明確に区別されているか、税務署から否認される取引はないかなども確認されることになります。

法務デューデリ

法務デューデリは、法律面からみて問題が存しないかどうかを確認する作業で、主に弁護士が行うことになります。以下、法務デューデリがどのようにして行われ、どのような点が問題となるかを確認していきたいと思います。

・株式関係

M&Aの手法としては株式譲渡による場合と事業譲渡による場合がありますが、大多数のケースは株式譲渡の方法が用いられると思われます。M&Aは支配権の移転を目的とするものであり、株式譲渡は会社が締結している相手先企業の同意を要しないなど手続き的に極めて簡易で、税務上も有利な点が多いためです。従って、買主はM&Aによって株式の対価を支払うわけですので、売買の対象であるその株式が有効に発行されており、譲渡人が間違いなく真正な株主であるかどうかを確認することは極めて重要となります。

・遺産分割その他手続き上の問題点の存在

株券が発行されている株式については、株券の交付を受けることで株式を善意取得するということもあり得ますが、通常の場合、もし譲渡人が真正な株主でない場合、株式の譲渡を受けた後においても、将来真正な株式の所有者から、自分が真正な株式の所有者であると主張される可能性がないわけではありません。例えばAさんから株式の譲渡を受けたところ、Aさんはもともとその株式を父親であるBさんから相続したものであり、Aさんは遺産分割によって自分が適切に取得したものと考えていたとしても、Aさんの兄弟であるCさんや母親であるDさんから遺産分割協議は無効であり、Aさんは株式を有効に取得したものではないと主張される可能性がないわけではありません。もし、Bさんの相続において遺産分割協議が無効だった場合や遺産分割協議自体がなされていなかった場合には、Aさんによる株式の取得は無効であり、Aさんから株式を譲り受けた譲受人も有効に株式を取得しえないという結論になってしまいます。株式の譲受人としては、Aさんに対して既に支払った売買代金を返せと請求するしかないことになりますが、その時点でAさんが無資力であった場合やAさんと連絡が取れなくなっているような場合には、譲渡代金の返還も受けられないことになってしまいます。会社としては、株主について相続が生じた場合には、戸籍謄本や相続人関係図によって相続人が誰であるかを確認するとともに、遺産分割協議書、相続人全員の印鑑証明書によって、名義変更の申請を行った相続人が本当にその株式を相続しているのかを確認する作業を行う必要があります。

・株式の発行手続きの有効性

同様のことは、会社の設立時の株式の引受や、第三者割当による新株発行が適切だったかどうかもかかわってくることになります。従って、株式の譲受人としては、その時点における株主名簿の記載事項を信用するだけでは足りず、株式の発行時点から、転々売買された個々の売買自体も有効であったかどうかを全て確認しなければならないことになります。

例えば甲会社の設立時にXが株式の引受を行い、Xの有する株式をYが相続し、ZがYから株式を取得している場合、Xによる株式の引受は有効であったか、Xによる引受価格の払込はなされていたか、Yによる相続は有効で、全ての相続人の了解のもとに遺産分割協議がなされ、Yが単独で株式を相続したものであるかどうか、YからZへの株式の譲渡については、有効な株式譲渡契約書が作成されているかどうか、ZからYへの株式譲渡代金の支払はなされているか、Zへの名義書換は法律および定款に従って適切になされているかどうかを確認する必要があることになります。

もちろん新株の発行手続きの有効性を争う場合には、時間的な制限がありますので、その期間を経過している場合には、仮に新株発行手続きにおいて手続き上の瑕疵があった場合でも、将来その瑕疵を第三者に対して主張できないこともありますし、株券の交付によってYからZへの株式譲渡がなされている場合には、Zが当該株式を善意取得している可能性もありますが、そのような可能性を含めて、発行時から譲渡人に至るまでの全ての経過について確認が必要であることには変わりがありません。

・譲渡人による保証表明

一方で数十年前の取引の全てについて権利移転を証する証拠がそろっているかどうか疑わしい場合もあり、実務的には、一定の範囲の調査に留めざるを得ないこともあります。例えばZによる株式の所有関係について10年間にわたって誰からもクレームがなされていないとすれば、万一Zによる株式の取得について問題がある場合も既に時効取得が成立しているとして、Zによる株式の所有を前提として取引を行わざるを得ない場合もあり得ます。従って、株式の調査については、会社設立後間もないような場合を除き、どうしても調査の範囲について妥協せざるを得ない可能性があり、場合によっては本当の株主であるかどうかについて必ずしも明確とはなっていないが、譲渡人により保証表明を行ってもらうことで、万一の場合には譲渡人に対して損害賠償請求をできる余地を残しておかざるを得ないという場合もあります。

私達が扱った事例でも、譲渡人が遺産分割で取得した株式について、他の相続人から遺産分割の有効性について争われているという事例において、そのような状況を理解したうえで、買主が株式の取得を行ったという事例もあります。

・定款及び基本規程

法務デューデリを行う場合に、最初に確認するのは、商業登記簿謄本、定款、取締役会規則、株主総会規則などですが、中小企業の多くでは、定款の内容が古く、現在の会社法の内容に対応していない場合や、取締役会規則や株主総会規則など会社の基本的な事項に関する規定が存在しない場合も多くあります。

会社の譲渡を行う場合には、これらの規定をきちんと整備し、法律上問題のない形にして譲渡することが多いと思いますが、支配権が完全に移転する場合には、譲受人において定款の変更や規定の整備を行うという前提で、規定が不十分なまま売買がなされることも多くあります。

・取締役会議事録、株主総会議事録

多くの中小企業ではオーナー経営のため、全ての事項がオーナーの一存で決定されており、取締役会や株主総会が開催されたことがないということも多くあります。もちろん、役員の選任や解任については、商業登記を行う必要があり、登記の申請に際しては、定款や株主総会議事録の添付が求められることから、会社の代表者が知り合いの司法書士などに依頼して、実際には開催していないにも関わらず、取締役会議事録や株主総会議事録を作成するということも多くあります。

会社法では、会社は3月に1回以上の割合で取締役会を開催する必要がありますし、少なくとも年1回は定時株主総会を開催し、決算の承認などを行う必要があるとされています。

通常の場合、株主総会議事録や取締役会議事録の整備がなされていない場合であっても、特に問題とはされないと思われますが、例えば新株や新株予約権を発行した取締役会が実は開催されていなかったという場合には、将来新株の発行や新株予約権の発行について問題とされないとは言えません。同様に経営支配権を争う紛争が勃発した場合には、過去における役員の選任及び解任の手続が本当に適切に行われていたかどうかが争われる可能性がないとは言えません。

従って、会社についてのM&Aがなされる可能性がある場合には、少なくとも最低限度の取締役会や株主総会をきちんと開催し、それを議事録に残しておく必要があります。法務デューデリにおいては、取締役会については各取締役に対して招集通知が適切になされていたかどうか(仮に招集通知がなされていない場合には、招集通知を受けるべきであった取締役から招集通知を行わないことについての同意がなされているかどうか)、株主総会については、定款に定められた総会前の一定の期間までに、全ての株主に対して有効な招集通知がなされていた事実があったかどうかなどを確認することになります。

一方、過去における株主総会や取締役会が有効適切に行われていなかったとしても、当該会社に対するM&Aが直ちにできなくなるというわけではありません。その株主総会や取締役会で決議されたであろう事項を推測し、将来第三者や会社内部の人から手続き上の瑕疵が主張される可能性があるかどうかを、決議の内容に照らして検討し、リスクの大きさを評価するリスクアセスメントを行うことになると思われます。

・その他の契約書

契約書の有無及び内容についても法務監査の重要な対象となります。契約書については、取引先との取引基本契約書、個別売買契約書の他、販売代理店契約書、不動産の賃貸借契約書、ライセンス契約書等、様々な契約書が考えられます。契約書の監査においては、まず、契約書が存在するかどうかが重要です。例えば、重要な取引先との契約書が存在せず、これまで注文書と注文請書だけで取引をしていたという事例も多くあります。

もちろんすべての契約書が存在しなければならないわけではなく、ここでもその存在しないことが将来紛争を惹起する可能性を含んでいるかどうかを判断することになります。当事務所が過去に取り扱った事例では、駐車場に関する契約書(月間賃料10万円)が存在しなかったところ、買主の弁護士からの指摘があり、M&Aのクロージングの前に賃貸人との契約書を締結するよう要求されたことがあります。この例は、買い手企業がアメリカ企業だった場合ですが、売主と買主が協力しながら法務デューデリジェンスの過程で現れた問題点をできるだけクロージング前にクリアにしていこうとしました。デューデリジェンスが問題点をクリアにする手段として活用された事例です。

また、契約書の内容も重要な監査事項です。例えば店舗の賃貸借契約書があり、契約期間が10年とされており、テナントの側から途中解約した場合には残存期間全ての賃料を一括して支払えという内容になっている場合、途中解約によって数千万円から数億円の負担が生じてしまう可能性があります。もちろん、本店に関する賃貸借契約書であり、途中解約の可能性がないような場合には問題も少ないと思われますが、店舗の賃貸借契約などでは、営業成績の悪い店舗を閉鎖するリストラクチャリングが予定されていたところ、解約による違約金の額が極めて大きくなってしまい、店舗の閉鎖が出来ないという事態も考えられます。

また、あるM&Aの事例では、150件くらいの取引先との契約書を全てチェックし、相手先からの途中解約があるのかどうか、契約が継続する場合には支払われる料金がいくらかを計算し、買収後の最低限の売上を予測するという作業を行ったこともあります。このケースは契約書の内容から将来収益を予測するという手法をとったものです。

上記の他、契約書のチェックにおいては、チェンジ・オブ・コントロール条項の確認が必要となります。例えば、不動産の賃貸借契約書において、支配株主の変動その他M&Aがなされた場合には、賃貸人への報告や同意を要するというような条項(チェンジ・オブ・コントロール条項といいます)が入っている場合、契約書に基づき報告や同意を取り付けるなどの作業が必要になります。

・会社に関する紛争

会社に対して裁判が提起されている場合や、会社が当事者として第三者に対して訴訟を提起している場合には、裁判関係の全ての資料を検討し、その訴訟の波及する効果の範囲について判断する必要があります。裁判には、通常の訴訟だけでなく、仮差押えや仮処分、審判手続き、抗告手続、その他の法的紛争の全てが含まれます。また、会社が被告となる場合だけでなく、原告となっている場合であっても、その紛争の原因が何であり、将来同様の問題が再燃する可能性がないかどうかを検討する必要がありますので、当事者となっている全ての訴訟についての検討が必要です。

また、裁判になっていない場合であっても、取引先から代金の支払いを求める内容証明郵便が来ていたり、取引契約の解除の通知が来ていて、会社としてはその解除を認めたくないというような場合も広い意味での紛争に該当することになります。例えば、労働者から、未払残業代の支払がないので、しかるべき時期までに未払残業代の計算を行って、未払い分については至急支払ってほしいという内容証明郵便が来ている場合、その人についての未払残業代が仮に30万円と少額であったとしても、会社において時間管理がきちんとされておらず、残業代を支払っている実態も存しないという場合、将来同様の請求が他の従業員からもなされる可能性があります。

・未払残業代支払請求

また、従業員の一人が労働基準監督署に申し立てを行い、労働基準監督署から調査及び是正勧告がなされた場合には、会社としては労働基準監督署の指示に従い、未払残業代2年分ないし3年分(2020年3月分までの未払残業代の消滅時効期間は2年ですが、2020年4月以降の未払残業代の消滅時効期間は3年です)を支払うとともに、今後も残業代をきちんと支払う旨の誓約書の提出を求められることもあります。例えば現在の管理費が5億円で、営業利益が5000万円の会社において、3000万円の残業代が加算され、管理費が5億3000万円、営業利益が2000万円になったとすれば、企業価値は全然変わってくることになります。

上記のケースにおいては、現在請求している人の未払残業代は30万円だけだとしても、会社全体としては、年間3000万円の管理費増となる可能性があることになりますので、企業価値を営業利益の7倍と計算すると、3億5000万円の企業価値を有していた会社が、1億4000万円の企業価値しかなかったということになる可能性もあります。

このように紛争が存在することは、その背後に大きな経営上の問題があることがあり得ますので、紛争の存在は、その紛争だけでなく、その紛争の背後にある経営上の問題点を明らかにし、その経営的なリスクを適切に評価することが重要となります。

・システム上の問題

例えば、金融機関において、紛失したキャッシュカードの所持人から、キャッシュカードの拾得者が勝手にお金を引出し、200万円の損失を被ったとの請求がなされていたとします。この裁判自体は金融機関にとっては200万円のリスクにとどまることになりますが、万一訴訟で敗訴し、キャッシュカードの暗証番号の秘密保持に関する金融機関側の対応が不十分であるとの判決がなされた場合には、場合によっては金融機関においてシステム全体の改修が必要になるという事態も考えられないわけではありません。この場合、システム改修に数億円の費用を要する事態も考えられるわけですので、上記訴訟は問題点の一端を明らかにしたに過ぎないということになります。もちろん、金融機関は顧客の秘密情報を適切に管理しており、金融機関に過失はない(キャッシュカードを紛失し、暗証番号が分かってしまったんは顧客の個人的責任によるものである)との判断がなされる場合には、上記のようなリスクはないことになりますので、法務監査の過程においては、法令や社会的常識に基づき、当該請求が会社に対するリスク要因となり得るのかどうかを適切に判断するという態度が必要になってきます。

これに類似する問題として、システム開発会社のシステム開発上のクレームもよく問題とされます。例えば、開発されたシステムに問題があり、債務不履行にあたるとして、損害賠償請求がなされていたとします。その裁判自体については、2億円での和解が成立していたとしても、実はその会社の営業や経営陣は自社の開発者の能力についての理解をきちんとしておらず、もともとその会社には難しいシステムの開発を行う能力がないという事態も考えられます。この場合、上記の裁判は既に終結しているとしても、将来同様の問題が発生する可能性は十分に考えられるわけですので、現在進行中の開発契約の内容を確認し、現在のスタッフでそれに対する開発能力が十分であるのかどうかを判断しなければならないという問題も生じてきます。

・過払金返還請求訴訟

同様の問題は金銭の支払請求訴訟にも関連してきます。例えば一時期、消費者金融会社の過払い金支払い請求訴訟が多く提起されていました。利息制限法では、貸金業者が請求できる利息の利率が一定範囲(例えば15%など)に制限されていたにもかかわらず、貸金業法では金利についての明確な規制がなく、出資法においては禁止される金利が40%に設定されるなど、法律相互の間においても食い違いがあり、どの法律が強制的に適用になるのかがはっきりしていませんでした。

そこで、数十年も前から、消費者金融会社の取り立ての方法に問題があるとの指摘が多くなされ、消費者金融会社からの貸金返還訴訟において顧客の側から利息制限法違反の主張が多くなされていました。当時この点については裁判所でも明確な判断指針がなく、できる限り和解を勧める形を取っていましたが、当事者間での合意がなされない場合には、契約に記載があるとの理由で、消費者金融会社の主張を認める判決がなされていたように思われます。

一方で、十年前くらいからは、金融緩和により消費者金融の需要が著しく増大したことに伴い、消費者金融会社の取り立て方法の問題が社会的にもクローズアップしてくることになりました。消費者金融の会社を相手方とする弁護士のグループにおいても情報交換が進み、理論が精緻化され、徐々に消費者金融会社の貸付け利息は高すぎるという社会的な合意が形成されてくるようになりました。その後、最高裁判所において利息制限法違反の貸付けは無効である旨の判決がなされ、また、過去に支払った利息制限法違反の金利については顧客の側から返還請求できるとの判決がなされたことから、消費者の側から消費者金融会社に対する過払い金返還請求訴訟が全国で多数提起される状況になっています。

最高裁判所の判決が出た段階では、消費者金融会社において過払い金の返還請求が起こることは当然に予測されますので、消費者金融会社の法務監査においても、この点は指摘し、そのリスクの範囲(将来起こる過払い金返還請求訴訟による請求額が何千億円くらいになるかを計算する)を明確にする必要が生じてくることになります。当然訴訟における弁護士費用や、過払金請求を管理する管理費用も無視しえない金額となってきますので、法務デューデリの中ではそのリスクの範囲についても触れておく必要があります。

このように会社にまつわる紛争はその結果がどうなったかだけでなく、その紛争が生じた背景となる事由についても検討を行い、その問題が含有する潜在的リスクについても適切に評価することが求められます。多くの場合法令上の問題が含まれていると考えられますが、社会的な意識の変化や、その会社が有する技術に内在する問題もありますので、その評価については複雑な様相を呈してくることになります。法務監査を行う弁護士としては、弁護士自身において判断しえない問題点については、当該分野の専門家の意見を徴するなどの必要も生じてくることになります。

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