• 2022.12.29
  • 人事労務

未払残業代の支払請求訴訟で、従業員との間で和解を成立させた事例

事案の概要

会社を退職した従業員から会社に対して未払残業代の支払請求訴訟が提起されました。当事務所では、被告である会社(当事務所の顧問先)を代理して訴訟を追行し、和解で事件を終結することができました。

証拠保全の申し立て

医療過誤の場合のカルテと同様に、未払残業代支払請求訴訟においては、タイムカードの記録や業務日報の記録が重要な証拠になることがあります。退職前から訴訟提起を考えている場合を除き、原告である従業員がこれらの記録の写しを有していない場合がほとんどですので、従業員を代理して訴訟提起を行おうとする原告代理人としては、裁判所に対して証拠保全を申し立て、これらの記録を確保したいと考えることが多くあります。会社側としては、裁判所が行う証拠保全について従わないわけにはいきませんので、裁判所の指示に基づき証拠を提出します。しかし、会社側としても大量の写しを作成したり、秘密事項がないかどうかを確認したりする必要もありますので、できれば一旦裁判官には帰ってもらい、これらの確認が終わった段階で任意に証拠を提出することで申立代理人や裁判官の理解を得ることが好ましいと考えられます。

管轄

会社を退職した従業員が会社を訴える場合、従業員が退職後に住所を移転していることが多くあります。会社を辞めたので、実家に帰っていることなどが理由と思われます。そこで、従業員としては、すでに退職した会社の所在地の裁判所に訴訟を提起するのは、遠隔地に行かなければならず、経済的負担も大きくなりますので、できるだけ自宅の近くの裁判所に訴訟を提起したいと考えます。この場合、原告側の弁護士は、未払残業代や不法行為による損害賠償請求を併合して訴え、当該債務は持参債務であるから、原告の住所地の裁判所が義務履行地の裁判所であると主張し、原告の住所地の裁判所に訴えを提起してくることは多くあります。被告としては、移送申し立てを行い、被告の所在地の裁判所に移すよう申し立てを行います。移送申し立ての理由としては、権利移送と裁量移送がありますので、両方の理由を記載する必要があります。本件では、住所を移転したのは原告側の都合によるものであるとして裁量的移送が認められました。

残業時間の確認

未払残業代の請求においては、本当に時間外の残業があったのかどうか、仮に残業があったとしてどのくらいの時間その残業があったのかを確認する必要があります。原告の側からは、未払残業代計算ソフトを用いた計算が出されてきますが、そのソフトで計算した場合、全てが未払い残業のようにカウントされてしまいますので、被告である会社の立場としては、エクセルなどで独自に計算するのが好ましいと考えます。

労働法の確認

労働基準法では、みなし残業制、フレックスタイム、出来高払制、管理監督者、専門職、一定の残業時間を給与に含む給与制度など、未払残業代の生じない場合や、未払い残業代の金額を少なくする制度が多くあります。被告である会社側の弁護士としては、これらの制度を全部検証し、該当するものはないかどうかを確認する必要があります。例えば、原告が主任や課長のような管理職の場合に、残業代の支払義務がなくなるのではないかという点を確認することになります。その場合であっても、管理職とはどのような職務であるのか、管理職にふさわしい待遇(給与)をもらっているかなど、それぞれの制度を適用する際の要件がありますので、各要件についての確認も必要になります。

時効

未払い残業代の時効は2年間とされていますので、毎月の未払い残業部分についてその月から2年が経過すると請求ができなくなります。従って、2年の期間内に訴訟提起をしなければいけないのが原則です。例えば2018年1月から勤めだした会社を2019年12月末に退職した場合に、2018年1月から2019年12月末までの未払残業代があるとして、2020年3月末に訴訟提起した場合、2020年3月末から過去に遡って2年分までが請求できることになります。従って、2018年1月、2月、3月の3か月分については既に時効になっていますので、請求できなくなります。但し、弁護士から内容証明郵便により催告がなされた場合(未払残業代の請求が書面でなされた場合)、時効の中断になり、時効は完成しなくなります。従って、先ほどの例で2019年12月末に内容証明郵便による催告を行っている場合は、2019年12月末から過去に遡って2年分の未払残業代を請求することができることになりますので、2018年1月から3月分についても支払いを請求できることになります。裁判の中では、時効の計算をどのようにするかがよく争われることになります。なお、労働基準法の改正により、2020年4月以降に発生する未払い残業代については、時効期間が3年に延長されています。

和解について

会社の規模や業務内容、業績、当該従業員の勤務態度なども和解の際には検討対象となります。未払い残業代を計算するのには直接は関係ないですが、和解を主導する裁判官がどのような和解がふさわしいかを考える場合に、会社の内容や当該従業員の勤務態度なども影響があると思われます。従って、会社の側としてはできるだけ、これらの事情に関する主張立証もしっかり行っておく必要があります。