• 2022.12.29
  • 人事労務

外資系企業の元従業員からの解雇無効確認請求訴訟で和解を成立させた事例

事案の概要

外資系企業において従業員から会社に対して解雇無効確認請求訴訟が提起された事件で、会社(当事務所の顧問先)を代理して訴訟追行を行い、従前の平均月額給与の3か月程度の和解金を支払うことで和解にいたりました。会社にとっては、あまり大きな負担となることなく、早期に解決できましたので、勝訴的和解と判断いただいています。

準拠法について

外資系企業においては、英文による雇用契約書が締結されており、準拠法をアメリカの特定の州の法律(例えばニューヨーク州法)とする旨を雇用契約書の中で明確に定めていることが多くあります。ニューヨーク州などアメリカの多くの州の法律では、日本のように解雇を制限する規定はありませんので、ニューヨーク州法の適用がある場合は、解雇の有効性自体が争われることもなくなります。そこで、会社側の立場からすれば、契約書に基づきアメリカの州の法律を適用してほしいということになります。しかしながら、法の適用に関する通則法では、当事者の合意により準拠法の選択ができるとしながらも(通則法7条)、労働者が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法の中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を使用者に対して表示したときは、その強硬法規も適用になるとされています(通則法12条1項)。日本で労務の適用をする場合は、日本の法律がその労働契約に最も密接な関係がある地の法律とされますので(通則法12条2項)、結局日本での労務提供がなされている場合の労働契約の有効性についての解釈については、アメリカの特定の州の法律を準拠法とする旨の合意がある場合であっても、日本の労働法が適用になることになります。この裁判では、準拠法について争うことは辞め、日本の労働法に基づく解雇の有効性に絞って弁論を行うことにしました。

管轄について

英文による雇用契約書の中では、管轄については、ニューヨーク州の裁判所の専属的合意管轄とすることに合意するとされていました。従って、雇用契約書の条項が適用される限り原告(従業員側)の訴えは管轄違反により却下されてしまうことになり、原告は改めにニューヨークの裁判所に対して訴訟提起しなければならないことになります。従って、日本の裁判所の管轄が認められるかどうかは極めて重要な判断要素となります。しかしながら、管轄については、民事訴訟法に規定があり、労働契約の存否その他労働関係に関する事項について個々の労働者と事業者との間に生じた民事に関する紛争に関する労働者から使用者に対する訴えについては、労務の提供地が日本国内にある場合は、日本の裁判所に訴えを提起することができるとされています(民事訴訟法3条の4第2項)。この事件では、雇用契約書の中でニューヨーク州の裁判所の専属的裁判管轄について明確な合意がありましたが、日本の従業員が実際に労務に従事していた日本の管轄を争うことは難しいとの判断のもと、あえて管轄違反についての主張は行いませんでした。なお、管轄の取得については合意管轄の他、応訴管轄もありますので、会社が管轄違いによる却下の主張(防訴抗弁)を行わないで弁論をした場合、応訴管轄による管轄が生じてしまいます。管轄を争う可能性がある場合は、被告である会社としては原告の主張についての認否を行うより前に、予備的に管轄を争う旨の主張を行っておく必要があります。

外国の親会社が直接契約した場合

本件では、外資系企業の日本の会社が雇用契約の相手方でしたが、もし仮にアメリカの会社が雇用契約の当事者であり、日本に子会社がないような場合にもアメリカの会社を日本の裁判所に訴えることができるかどうかが問題となります。結論的には、日本の法制では、労働者保護が貫かれますので、民事訴訟法の適用により日本の管轄が認められることになると考えられます。アメリカの会社を日本の裁判所に訴える場合、アメリカにある日本大使館(日本領事館)を通じて行う領事送達による送達を行う必要があります。

英文契約書の翻訳について

解雇の有効性を判断する場合において雇用契約書がある場合は、当該雇用契約書は重要な証拠となります。原告はその証拠を裁判所に提出しなければなりませんが、日本の裁判所では、英文の証拠をそのまま採用してくれませんので、日本語の翻訳を行い、翻訳証明書を添付する必要があります。翻訳証明は、日本の弁護士が真正な翻訳であることを確認する文書を翻訳文の最後に記載し、押印することで足ります。翻訳の義務は、原告の側にあります。但し、契約書が長く翻訳の負担が大きい場合は抄訳でも足りる扱いとされることが多いと思います。この点は裁判所に確認いただく必要があります。但し、弁護士としては、契約書の全体を把握しないと、依頼者にとって有利な規定や不利な規定があることを見落とすことになりますので、抄訳で足りる場合であってもできるだけ全文の翻訳をするのが好ましいと考えられます。

解雇の有効性

解雇の有効性については、労働契約法16条において、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定められています。従って、①客観的に合理的であるかどうか、②社会通念上相当であるかどうかが、判断事由となることになります。また、懲戒解雇の場合であっても労働契約法15条に規定がありほぼ同等の条件で判断されることになります。当事務所では、日本法人の代表者(アメリカ人)へのヒアリングを行い、その内容を英語と日本語にまとめて陳述書としました。また、原告がIT企業であるにもかかわらず、ソフトウェアの開発についての能力が著しく劣ることや、会社内での協調を乱す行為の数々を多くの従業員の証言により陳述書にまとめて裁判所に提出することができました。陳述書はすべて関係者からの聞き取りを行ったうえで、当事務所で文章化していますので、陳述書作成について相当の労力を要することになりました。

和解について

裁判所から和解の打診があり、双方が和解案を提出して裁判所が調整を図ることになりました。本件では、裁判官から双方の代理人に対して和解を強く勧められました(和解の勧試)。和解期日における裁判官との協議は原告と被告がそれぞれ別に行われますので、裁判官からは原告の代理人に対してどのような話がなされたかは分かりませんが、原告の職務上の能力の問題点について詳細に事実関係を説明したことが裁判官による原告の説得に役立ったのではないかと思われます。