アメリカ銀行預金の払い戻し
アメリカの銀行からの通知
ご家族の誰かが亡くなられた後に、アメリカの銀行から預金明細書が送られてきて、故人が海外に財産を有していたことを知ることがあります。海外の銀行から預金明細書が届けられたら、最初に各口座の預金残高にいくらあるかを確認してください。国際相続の場合多額の費用を要することになりますので、相続人としては預金の残高に応じてどのような手続きをとるかを判断することになります。
預金の種類
日本人がアメリカの銀行に預けている預金の代表的な口座の種類としては、チェッキングアカウント(Checking Account)とセービングアカウント(Saving Account)があります。チェッキングアカウントは、給与の振込口座や、家賃や公共料金を小切手で支払う場合の引き落とし口座となりますので、日本の当座預金と普通預金を合わせたような使い方がされます。セービングアカウントは、チェッキングアカウントよりも高い金利のつく口座で、当面の資金的移動がないような場合には、セービングアカウントに預金を持っておくことも考えられます。その他の口座としては、CDと呼ばれるサーティフィケート・オブ・デポジット(Certificate of Deposit)やMMAと呼ばれるマネー・マーケット・アカウント(Money Market Account)があります。
預金解約申請
相続財産の管理については、動産であるか不動産であるかに拘わらず、遺産管理地法が適用になります。アメリカでは、各州の法律により、相続財産の金額が一定以上となった場合には、プロベイト手続きや財産管理手続きと呼ぶ裁判所主導の相続財産管理手続を取ることが求められることが多くあります。一定の金額がいくらであるかについては州ごとに異なりますが、5万ドル、15万ドル、30万ドルの場合などがあります。一方で、預金の額が各州の法律で定められた金額以下の場合には、プロベイトや財産管理の手続きをとることなく、直接預金の解約ができるとされています。この場合、死亡診断書により口座の所有者が亡くなったこと、遺言書、戸籍謄本、遺産分割協議書、印鑑証明書などにより申請者が正当な相続人であり、払い戻しを受ける権限を有していることなどを証明して預金の払い戻しを受けることになります。プロベイトや財産管理の手続きを経ることなく預金の払い戻しができるかどうかは、どこの州の金融機関に預金しているのか、その州の法律上いくら以上の預金についてプロベイト手続きや財産管理手続きが要求されるのかを確認することになります。
預金払い戻しにおいて最低限必要な書類
プロベイトや財産管理の手続きを経ることなく預金の払い戻しを受ける場合は、次のような書類(日本語と英語)が必要になります。
① 死亡証明書(Death Certificate)
② 被相続人の戸籍(Residency Registry)
③ 遺産分割協議書(Agreement on Division of Estate)
④ 弁護士の翻訳証明書
⑤ 弁護士の法律意見書
⑥ 相続人のパスポートの写し
⑦ 弁護士への委任状の写し
これらの書類については公証人の認証を得て、アポスティーユをつける必要があります。また、日本語の書類については弁護士の翻訳証明書を添付し、翻訳証明自体に公証人の認証を要することになります。
アメリカの銀行からの要求文書
法律上の扱いは上記のとおりであり、多くの国の弁護士が、任意の預金の払い出しを求めてアメリカの金融機関に連絡を取っています。私どもの事務所でも上記の方法で日本人の銀行預金について払い戻しを受けられたことがあります。しかしながら、特に最近ではマネーロンダリングの監視などが厳しくなっており、金融機関も外国人の権限確認をより厳格に行うようになってきています。また、アメリカの法律により、連邦遺産税の支払いが未了なままに金融機関などが外国人からの払い戻し請求に応じた場合、その金融機関自体がIRS(内国歳入庁)に対して遺産税の額の支払義務を負うという制度があるようです。そのため、シティバンクなど大手の金融機関を中心として、任意の払い戻しに応じる金融機関が少なくなり、払い戻しに応じるためには、裁判所が選任した財産管理人による指示書を要求することが多くなりました。アメリカの銀行からは例えば次のような書類が要求されます。
① 死亡証明書(アメリカ大使館・領事館における証明又はアポスティーユ付)
② Foreign Letter of Administration(外国の相続財産管理人の権限確認書)
③ 弁護士の意見書
④ 裁判所が指名した相続財産管理人の口座閉鎖申請書(公証人の認証付)
⑤ IRS(Internal Revenue Service)からの連邦税の証明書
銀行からの要求文書の取得の可能性
死亡証明書については、なんとかアポスティーユの取得までできると思いますが、②の相続財産管理人の権限確認書は取得が困難です。日本の法制度では、アメリカと異なり、相続財産管理人の選任が必ずしも必要とされていないためです。また、日本における相続財産管理人制度は、遺産相続に際して相続人がいなかったり、相続人による相続財産の管理が困難な場合に、相続財産を管理する人として裁判所が選任するものですが、遺産の分割を行うことを予定していませんので、アメリカにおける相続財産管理人(Administrator of Estate)とは制度を異にします。また、遺言執行者は相続財産の管理・分配を行いますので、アメリカの相続財産管理人に近い制度ですが、裁判所が選任するものではありませんので、アメリカの金融機関から求められる選任決定書を取得することができません。相続財産管理人の権限確認書が必要なのは、銀行預金の払い戻しを行っている人が本当に権限のある人かどうかを確認するためのものですので、遺産分割協議書と弁護士の意見書により代替可能ではないかとも考えられますが、通常このような書類で代替することは認められていないと思われます。いろいろな国の弁護士が預金の解約を求めてアメリカの金融機関と協議を繰り返しているようですが、結局認められることはほとんどないと思います。IRSの証明書についても難しい問題があります。銀行からは、US Estate Tax(連邦遺産税)の申告書の写しを求められます。これは、アメリカにおける相続財産を相続する際に課せられる連邦税です。遺言書による場合や、法定相続の場合の両方が含まれます。当該相続については、US Estate Taxが非課税である場合、税金が非課税であることを証明する税理士の意見書によって代替することができるのではないかとも思われますが、この点についてもアメリカの金融機関は認めることが少ないと思います。結局プロベイトや財産管理の手続きを取らざるを得ないと思われます。
プロベイト、財産管理人選任の申し立て
アメリカの金融機関による任意の預金払戻が困難な場合、アメリカの財産(金融機関)の所在地の遺言検認裁判所(Surrogate Court)に対してプロベイト手続または財産管理人選任の申し立てを行う必要があります。この申立書はPetition for Letter of Administration(相続財産管理命令申立書)と言われます。
財産管理人の選任
Surrogate Court(遺言検認裁判所)に対して必要な情報の提供が完了したら、Surrogate Court(遺言検認裁判所)はAdministrator(財産管理人)の選任決定を行います。この選任決定書のことをLetter of administratorとか、Grant of administrationなどと呼びます。ニューヨーク州の弁護士が申立代理人となって財産管理人の選任申し立てを行う場合には、申立代理人であるニューヨーク州の弁護士がそのまま財産管理人に選任されることが通常です。また、海外の相続人が申立人である場合は、海外の相続人(申立人)と申立代理人弁護士の両名が財産管理人に選任されることもあります。
財産管理人による払い戻し請求
裁判所から選任された財産管理人は、被相続人が州内に有していた財産についての管理権限を有しますので、預金については金融機関に対して払い戻しを請求します。金融機関は裁判所が選任した財産管理人からの請求ですので、通常その請求に応じて預金の払い戻しを行います。預金の払い戻しは、小切手による場合と銀行振り込みの場合の両方があります。小切手が発行されたらそのまま日本に送ってきてもらうこともありますが、一旦現金化をして、財産管理人の報酬等を控除した上で、その残高を送金してもらうことが多いかと思います。財産管理人は裁判所の管理のもとに、回収した現金から相続税を含むすべての債務の支払いを行い、残った金銭があればそれを相続人に送ってきます。
相続分割主義の適用
アメリカは相続分割主義をとりますので、不動産については所在地の法律が適用になり、動産については被相続人の本国法が適用になります。不動産の売却代金の相続については、ニューヨーク州の法律が適用になりますので、相続人の範囲や相続分については、ニューヨーク州の法律に基づいて判断されます。銀行預金を含むその他の財産については、被相続人の本国法が適用になりますので、相続人の範囲や相続分については、被相続人の本国の法律(日本人の場合は日本の法律)によって決まることになります。このように相続分割主義をとる国に相続財産がある場合、理論上は、日本の法定相続とは異なる割合での相続がなされる可能性があります。但し、アメリカの場合も相続人による処分を認めていますので、日本国内において遺産分割協議が行われている場合は、それにもとづく分配がなされるのが通常ではないかと思われます。私どもの取り扱った案件でも、相続人の一部が日本国内で行われた遺産分割協議によって相続放棄を行った場合、遺産分割協議書の翻訳や相続放棄書(英文)などをニューヨークの裁判所に提出して、遺産分割協議に従った分配を受けた例があります(但し、この事例は不動産の売却代金の分配とは異なる事例でした)。
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