• 2024.08.26
  • 訴訟・紛争解決

民法改正による時効の中断と停止

そもそも消滅時効とは

例えば、誰かにお金を貸している場合、貸している側はこれを返してくれと請求する権利があります。しかし、権利があれば半永久的にこれを行使できるのではなく、一定期間の経過と相手方の時効による利益を受けるという意思表示によってその権利が消滅することがあります。これが消滅時効と呼ばれるものです。民法は166条で、「債権者が権利を行使することができることを知った時から5年」、「権利を行使することができる時から10年」での消滅時効を規定しています。これは、永続する事実関係の尊重、長期間権利の行使を怠った者に対する制裁(権利の上に眠る者は法的保護に値しない)、権利の証明困難からの救済の3つを趣旨として、権利行使がないという状態をそのまま維持しようとしたものです。

旧民法における時効の中断と停止

消滅時効の完成を阻止する手段として、旧民法では時効の「中断」と「停止」を定めていました。

ところが、2020年の民法の改正により、消滅時効についても、大幅な変更がされました。本コラムでは、消滅時効についての変更点のうち、時効の中断・停止概念の見直しについてみていきたいと思います。

まず、旧民法に規定されていた「時効の中断」と「時効の停止」とはどのようなものだったのでしょうか。

時効の中断

「時効の中断」とは、一定の事由により進んでいた時効の期間がリセットされまたゼロからスタートするという仕組みのことでした。時効の中断を生じさせる事由としては、請求、(債務の)承認、差押え、仮差押えまたは仮処分がありました。「請求」とは、訴訟の提起や支払督促など裁判上の請求をいい、裁判外での催告(内容証明郵便などを送って債務者に支払いを求めるなど)については、6カ月以内に、裁判上の請求、支払督促の申立てなどをしなければ、時効の中断の効力を生じないと規定されていました。

時効の停止

「時効の停止」とは、時効の完成間際に時効の中断が行えない事由が生じた(時効の完成間際に自然災害が起きて裁判所の業務が止まってしまって申立てできなかったなど)ときに、時効の進行が一時的にストップする仕組みのことでした。

しかし、「停止」という表現では、停止事由終了まで時効の進行が完全に停止するというような誤解が生じるおそれがあったため、今回改正に至りました。

新民法における時効の完成猶予と時効の更新

新民法では、この時効の中断と時効の停止の内容や効果を明確にするため、「時効の完成猶予」と「時効の更新」という概念に再構成する形で規定されました。

「時効の完成猶予」と「時効の更新」という概念

「時効の完成の猶予」とは、時効の進行を一時的にストップすることをいい、「時効の更新」とは、一定の事由により、進んでいた時効の期間がリセットされ、その時点からリスタートすることをいいます。

上記定義の説明からは、一見すると、新民法は旧民法の「時効の中断」を「時効の更新」に、旧民法の「時効の停止」を「時効の完成の猶予」にただ言い換えただけのような印象を受けるかもしれません。たしかに、旧民法において「時効の停止」を生じさせる事由とされていたものは、全て「時効の完成の猶予」という効果のみを有するもののため、旧民法で「時効の停止」として規定されていたものは、新民法では全て「時効の完成の猶予」として規定されております。しかし、旧民法において「時効の中断」を生じさせる事由とされていたものについては、「時効の更新」という効果だけでなく、「時効の完成の猶予」という効果も有するもの(又は「時効の完成の猶予」という効果しかないもの)も含まれておりましたので、単なる言い換えというわけではありません。

代表的な時効の更新事由と完成猶予事由

おおむね、その事由により権利者による権利行使の意思が明らかになったようなときには「完成猶予」、権利の存在に確証が得られたようなときには「更新」事由として整理されています。
代表的な時効の更新事由と完成猶予事由には、次のものがあります。

①債務の承認

→債務者が債務を承認することで、その承認の時点から時効の更新がされます(民法152条1項)。

債務の承認とは、債務者がその債務の存在を認めることです。例えば、債務者が支払期限を延ばしてほしいなどの申し込みをしたり、債務の一部を弁済したりすれば、これは「承認」にあたります(前者につき大判昭和2年1月31日、後者につき大判大正8年12月26日)。債務の承認があれば、権利者がこの表示を信頼して権利行使をしなかったとしても権利行使を怠ったとはいえず、他方、その承認により権利の存在することが当事者間で確証が得られることとなるため、更新事由とされています。

承認には、時効を更新しようとする意思や、行為能力や代理権は不要ですが(同条2項)、相手方に対してなされる必要があります。したがって、銀行が自社に備え付けてある帳簿に利息を記入したとしても相手方に対する意思の表示にはならないので、これは権利の承認にはあたらないとされています(大判大正5年10月13日)。

また、最高裁は、自己の負担する債務について時効が完成したのち、債権者に対し債務の承認をした以上、時効完成の事実を知らなかったときでも、その後その債務についてその完成した消滅時効の援用することは許されないものと解するのが相当であるとして、時効完成後の承認についても時効の更新の効果を認めています(最判昭和41年4月20日)。

②裁判上の請求

→まず、訴えの提起により訴訟の終了まで時効の完成が猶予されます(民法147条1項1号)。そして、確定判決または確定判決と同一の効力を有するもの(和解など)により権利が確定すると時効期間が更新され(同条2項)、その後10年間、時効は完成しません(民法169条1項)。また、訴えの却下や取下げにより、確定判決による権利の確定がなかった場合にも、訴えの却下や取下げの時から6か月間は時効の完成が猶予されます(民法147条1項かっこ書き)。

裁判上の請求とは、上記のように、訴えを提起することをいうので、支払いを求めるような「給付の訴え」だけでなく、自身が相手方に貸金債権があることの確認を求める「確認の訴え」や、相手方からの訴訟提起に対し、反対にこちらからもそれに関連する訴えを提起する反訴(民事訴訟法146条)、相手方の提起した債務の不存在を確認する消極的確認の訴えに対する応訴もこれに含まれます。

訴訟提起により、債権者の権利行使の意思が明らかになったものといえるため完成猶予事由にあたり、また、判決等により権利が確定すれば、権利の存在について確証が得られたと評価できる事実が生じたといえるため、更新事由となります。

③支払督促

→支払督促とは、金銭の支払いの遅れている債務者に対し、訴訟によらずその履行を求める手続きです。その申立てによって時効の完成が猶予され(民法147条1項2号)、支払督促の確定により時効が更新されます(同条2項)。支払督促における時効の完成猶予、更新の仕組みは②裁判上の請求と同じです。その申立てが訴えの提起に類似し、支払督促の確定により強制執行をも可能となる点で確定判決と同様の効力を有するためです。

④強制執行、担保権の実行など

→強制執行、抵当権などの担保権が設定されている場合のその実行等の事由が生じた場合、その申立ての手続によって、手続き終了まで時効の完成が猶予され(民法148条1項1号、2号)、終了した時に時効が更新されます(同条2項)。ただし、申立ての取消しや、不適法事由による取消しの際には、時効の更新の効果は発生せず、手続き終了から6か月の間時効の完成が猶予されるにとどまります(同項ただし書き、同条1項かっこ書き)。

⑤仮差押え、仮処分

→仮差押えとは、債権者が金銭債権の回収の実現を保全するため、債務者に財産を移転させないようにする手続きです。仮処分は、債権者が金銭債権以外の債権の回収のために、債務者の有する財産を相手方が勝手に処分しないようにする手続きのことをいいます。これらが行われた時には、その手続きの終了から6か月の間時効の完成が猶予されます(民法149条)。これらの事由が生じることにより、債権者の権利行使の意思が明らかになったと評価できるためです。

⑥裁判外の催告

→催告があった時から6か月間時効の完成が猶予されます(民法150条1項)。

催告とは、債務者に対してなされる履行を請求するという債権者の意思の通知をいいます。催告は、例えば口頭での催告など、どのような方法によっても可能ですが、催告をしたという事実を証明するため、内容証明郵便によることが一般的です。

時効完成が近づく度に催告をすることで永久に時効完成を猶予できるとも思えますが、実際にはそのようなことはなく、同条2項は催告による時効の完成猶予中に再催告が行われても、新たに時効の完成猶予の効力が生じない旨定めています。そもそも催告に時効の完成猶予の効果が認められたのは、他の時効の更新・完成猶予の手続きが遅れたために時効が完成してしまうという不都合を解消するためです。したがって、催告による時効完成の阻止はあくまで一時的処置に過ぎず、結局は裁判上の請求や支払督促の申立てなどの手段により時効の完成を阻むことが考えられます。

⑦協議を行う旨の書面等による合意

→権利について協議を行う旨の合意を書面または電磁的記録でした場合、時効の完成が猶予されます(民法151条)。合意の有無について、後から争いになることを防ぐため、書面等になっていることが必要ですが、両当事者の協議の意思が書面上に表れていれば足り、署名押印はまでは要求されていません。猶予される期間は、合意から1年を経過した時、当事者が合意によって定めた協議する期間(ただし1年未満のものに限る)、当事者の一方が相手方に対して協議を拒絶する旨を書面により通知した時から6か月を経過した時のいずれか短い期間です。

 裁判外の催告と異なり、協議を行う旨の合意を繰り返し、時効の完成の猶予を延長することは可能ですが、時効の完成の猶予期間は、通算で5年を超えることができないとされています(同条2項)。

また、協議による時効の完成の猶予と催告による時効の完成の猶予を併用して時効の完成を延長することはできず(同条3項)、この場合はいずれか先にした方の効力のみが認められます。

この協議を行う旨の書面等による合意による時効の完成猶予は民法改正により、新たに追加されたものです。これにより、当事者間での話し合いによる自律的な解決がしやすくなりました。

⑧天災等

→天災等避けることのできない事変により、時効の完成の猶予および更新の効果をもたらす裁判上の請求や強制執行等の手続きを行うことができないときは、手続きの妨げとなる天災等が消滅したときから3か月を経過するまでは時効の完成が猶予されます(民法161条)。民法改正により、時効の完成の猶予期間が2週間から3か月に延長されました。

「天災」とは、地震や洪水などの自然によるもの、「事変」とは暴動や戦乱などの天災と同視できるような外部的な事由をいいます。よって、単に権利者が入院しているなどといっただけでは時効の完成猶予は認められない点に注意が必要です。

時効間近の権利の行使を考えているときは

権利の行使を考えているが、その権利が消滅時効の完成間近だった場合、これまでに述べたような時効の完成猶予、更新の手続きをとることが必要になります。そしてどのような手続きをどのようにとるべきかは、経験を積んだ専門の弁護士でなければ判断が難しい場合も多々あります。このような場合には、時効が完成してしまう前に、いち早く弁護士に相談することをおすすめします。

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