• 2023.03.24
  • 個人の法律相談

相続人に認知症の方がいる場合の遺産分割手続(国際相続について)

小松﨑 柊

執筆者情報

小松﨑 柊Shu Komatsuzaki

栗林総合法律事務所のアソシエイト弁護士。
国際取引に関する契約書の作成・リーガルチェック、クロスボーダーM&A、
国際紛争解決、国内外での訴訟、一般企業法務などの業務を取り扱っている。

遺産分割協議

被相続人が死亡した際、相続人が複数いる場合には、相続人全員による遺産分割協議がされることになり、遺産分割協議によって、遺産の分配方法を決めることになります。しかし、認知症によって意思能力等を喪失した相続人や意思能力が完全でない相続人が参加して遺産分割協議がなされても、その遺産分割協議は無効となります。遺産分割協議は法律行為であって、法律行為を行うためには意思能力が必要となるからです。

もっとも認知症が軽度で、自身で遺産分割協議に参加できるだけの意思能力がある場合には、有効な遺産分割も可能となります。重要なのは認知症か否かではなく、意思能力の有無であるということになります。

認知症により遺産分割協議ができない場合の対処法

法定相続分どおりの遺産分割

法定相続分とは、法律で定められた各相続人の相続割合をいいます。この場合、法律で定められたとおりに遺産を分けるので、遺産分割協議を行う必要はなく、遺産分割を行うことが可能となります。しかし、法定相続分で相続する場合、様々なデメリットが存在します。例えば、法定相続分通りに分ける必要があるので、相続税対策上有効な柔軟な遺産分割をすることは出来ません。また、不動産は相続人全員が相続割合によって、共有することになるので、不動産の管理や処分に関して、後々トラブルが発生する可能性や不都合が生じる可能性が高くなります。加えて、預貯金の払戻しなどには認知症の人の戸籍謄本や印鑑証明書も必要ですが、こうした書類を取り寄せるために、認知症の相続人の代理人を立てる必要があるという点にも注意が必要です。

成年後見制度の利用

成年後見制度とは一般に、認知症や精神障害などが原因で判断能力が不十分な人を保護する制度のことです。判断能力が不十分な人に対し、成年後見人等の代理人をつけることで保護を図っています。成年後見制度には①任意後見制度、②法定後見制度の二つの種類があり、既に認知症等により判断能力が不十分となっている人に対しては、法定後見制度の活用が必要となります。

法定後見制度

法定後見制度には、本人の判断能力の状態に応じて「後見」「保佐」「補助」の3種類の類型が定められています。認定証や精神障害の症状が最も重い場合は後見、中程度の場合は保佐、比較的軽度の場合は補助の制度が使われます。遺産分割をする者が成年被後見人であれば、当然、遺産分割協議はできません。また、被保佐人も保佐人の同意なしでは遺産分割協議を行うことは出来ません。被補助人も場合によっては遺産分割協議を行うことができないことがあります。

法定後見等の申立てを行うには、本人または本人の四親等以内の親族(配偶者、子、孫、両親、兄弟姉妹、従兄弟、甥、姪など)が、資料を集めて書面を作成し、家庭裁判所に対し申立てを行うことが必要となります(民法7条)。その後、家庭裁判所が申立書類等をチェックし、審判を行うこととなります。申立から審判までは通常で2~3か月、長いときには半年程度かかる場合もあります。

後見

後見類型に該当するのは、認知症等の精神上の障害により、判断能力を「欠く」状態にある人となります。自分の判断により法律行為をすることができない状態が常に続いている場合です。この場合、家庭裁判所が後見開始の審判を行い、本人のために成年後見人を選任します。後見類型に該当する場合、本人に判断能力がなく、ほとんどの法律行為を行うことができないため、成年後見人には広範な代理権と(本人の行為の)取消権が認められます(民法9条、859条1項)。

保佐

保佐類型に該当するのは、認知症等の精神上の障害により、判断能力が「著しく不十分」な状態にある人となります。簡単なことであれば自分で判断することができますが、法律上定められた一定の重大事項(民法13条1項各号)については他者の援助が必要となるような人を指します。この場合、家庭裁判所が保佐開始の審判を行い、本人のために保佐人を選任します。保佐の審判がされると、民法13条1項各号の行為(例えば、借金や不動産の処分、預金の払い戻し、遺産分割、訴訟など)を行う際には保佐人の同意が必要となり、同意なしになされた行為は保佐人が取り消すことができます。保佐人には当然に代理権が与えられているわけではありませんが、必要があれば申立てにより保佐人に代理権を付与することができます(民法876条の4)。

補助

補助類型に該当するのは、認知症等の精神上の障害により、判断能力が「不十分」な状態にある人となります。判断能力が不十分とは、大抵のことは自分でできますが、難しい場合には援助が必要となるような状態をいいます。この場合、家庭裁判所が補助開始の審判を行い、本人のために補助人を選任します。補助人は、援助が必要な事項として申し立てられ、定められた一定の事項について本人に代わって行為をすることや、本人が行為をする際に同意を与えること等により、本人を援助します(民法876条の9)。また、同意が必要な行為について同意なしでされた場合の取消権も有しています(民法17条4項、120条1項)。

三類型の区別方法

上記3類型の区別は判断能力の程度でされることとなりますが、実務上において、上記区別が行われる際には、医師の診断書による判断が重視されることとなります。例えば、成年後見等の申立の際、裁判所に提出する診断書には既定の形式があり(各地方の裁判所によって異なります)、医師が本人の判断能力についての意見を付することがあります。診断書の既定の形式には本人の判断能力に関する欄が存在し、例えば、①契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することができる、②支援を受けなければ、契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することが難しい場合がある、③支援を受けなければ、契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することができない、④支援を受けても、契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することができない、等の選択肢が示され、医師が該当欄にチェックをする場合が有ります。この①ないし④は、それぞれ、行為能力者、補助、保佐、後見に該当し、医師の意見がとても重視されることがわかります。他方で、裁判所が本人に対し鑑定を行う旨の判断をし、その鑑定により三類型を区別し、審判を行う場合もありますが、鑑定はあまり行われないのが現状となっています。

成年後見人等が選任された場合の遺産分割協議

認知症等の精神に障害がある状態の人に成年後見人がついた場合でも、遺産分割協議を自由に行うことは出来ません。成年後見人には、認知症となった本人の財産を守る義務があり、本人の財産が守られないような(例えば、法定相続分以下の割合の遺産を取得する等)遺産分割協議には成年後見人は応じることはできません。また、保佐人、補助人についても同様に本人の財産を守ることを義務としているので、本人の不利益となるような遺産分割協議に同意することは通常ありません。
つまり、成年後見人等が選任された場合であっても、相続税を最小限に抑えるような遺産分割をしたいと思った際に、完全に自由に分割案を決めることは出来ないこととなります。

もっとも、認知症の人に法定相続分以上の財産を取得させる内容であれば、成年後見人等も同意することができ、比較的自由に遺産分割協議を行うことができますので、成年後見人等を選任せずに法定相続分通りの遺産分割を行う場合に比べて柔軟な遺産分割協議を行うことができます。

相続財産の中に海外資産が含まれる場合

相続財産の中に海外資産が含まれる場合、相続手続きに関する適用法、相続手続きの方法等、様々な問題が生じます。特に多いのが海外の不動産の名義移転や、海外の銀行預金の解約等の問題で、ほとんどの場合、銀行支店所在地の地域の弁護士と連携して手続を行うことが必要となります。
特にアメリカ合衆国等の一部の国では、州ごとに適用法が違うため、相続に関する手続も州ごとに異なるので注意が必要です。
また、国によっては、相続統一主義(相続財産の種類によらず被相続人の国籍や最後の住所地によって適用法を決める方式)が採用されている国もあれば、相続分割主義(遺産の種類によって準拠法が変わる方式:不動産は所在地、不動産以外については被相続人の住所地等)が採用されている国もあることに注意が必要です。

アメリカ合衆国で預金を解約する場合

アメリカ法においては相続分割主義が採用されており、預金は被相続人の最後の住所地の国の方に基づいて分割されるため、被相続人が最後に居住していた場所が日本であった場合、日本法が準拠法となることとなります。しかし、相続に関し、日本法が適用されることとなった場合でも、アメリカの銀行が預金の払い戻しに直ちに応じるわけではありません。準拠法が日本でも、多くの場合では、日本での相続手続とは別に、アメリカで、プロベイト手続という相続手続を行う必要があり、裁判所の管理の下で、預金の払い戻しや口座の解約をすることとなります。また、州によっては、被相続人の最も近い近親者でなければ、プロベイト手続をすることができない場合が有ります。この際、当該近親者の判断能力に問題がある場合には、まず、日本にいる近親者について成年後見等の審判を求める申立を行い、成年後見人等が選任されたのち、その成年後見人等がプロベイト手続に関する申立を行う必要があります。

被相続人が海外居住中に死亡した場合

被相続人が海外で死亡した場合、死亡したのが日本人の場合であっても、日本の裁判所は相続放棄に関する管轄を有しません(家事事件手続法3条の11)。しかし、日本人が海外で死亡した場合でも、日本での負債等を残したまま死亡し、相続放棄が必要なケースが考えられます。上記の管轄に従えば、この場合、被相続人が死亡した国で相続放棄をすることが必要となりますが、当該国が自分の国にはない財産の相続放棄を認めるか、相続放棄の制度が日本と異なっている場合がないか、相続財産について管理清算主義(相続財産について、債権と債務の生産が行われ、相続財産が0以下になった場合は相続がされない方式)が採られておりそもそも相続放棄の制度が存在しない(アメリカ等)、等の問題があります。仮に、相続放棄がない国の場合においては、その国の裁判所で相続放棄の手続ができないにもかかわらず、日本の民法に従って債務が承継され、債務を負うことになり、相続人に対し不当に不利益な結果が生じることになります。このような場合においては、日本の裁判所で上申書を出し、緊急国際管轄を認めてもらうことによって、例外的に日本の裁判所で相続放棄の手続を行うという手段が存在します。

当事務所が行うことのできるサービス

後見等申立のサポート

当事務所においては、後見等開始の審判の申立に関し、申立人代理人となり、手続をサポートすることが可能となります。当該申し立てには通常、本人に関する様々な種類の証明書や財産についての資料が必要となります。当事務所ではそれらの必要資料について整理し、また収集に協力を行い、申立書面を作成することで、申立人の皆様の負担を軽減し、より速やかに後見等開始の審判の申立を行うことができます。

海外に関する相続

当事務所では、国際相続に関するご相談を多く受けており、当事務所は国際相続案件を得意としております。アメリカ、イギリス、香港、シンガポール、オーストラリア等の国においては、日本の相続法とは異なる遺産相続手続きがなされることになりますので、現地の法律に従った相続手続きを取ることが必要になります。当事務所では、プロベイト手続や相続税に詳しい現地の法律事務所と連携し、適切な法律手続きを確定し、預金の払い戻しや相続税の申告手続きをサポートいたします。

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