成績不良(能力不足)社員を解雇する際の手続と注意点
成績不良社員の解雇とは
意義
成績不良社員の解雇とは、成績不振など、業務遂行に必要な能力が不十分であることを理由に従業員を解雇することをいいます。
解雇は普通解雇と懲戒解雇に大別されますが、成績不良が懲戒解雇事由となるのは、「これが度重なるなどして、職場秩序の点から看過できない状況に至ったとき」(白石哲『労働関係訴訟の実務〔第2版〕』(商事法務、2018)398頁〔三浦隆志〕)のような例外的場合であるため、本コラムでは普通解雇を念頭に置いて解説します。
解雇の様々なリスク
企業経営者の方は、成績不良の従業員を解雇したいと考えることがあるかもしれません。しかし、このような解雇は常に認められるものではなく、その有効性をめぐって法的紛争に発展し、最終的に無効である(不当解雇)と判断されることもあり得ます。その場合、以下のようなデメリットが発生します。
①バックペイ
不当解雇と判断された場合、労働者は解雇通知を受けた日以降も勤務していたことになり、労働者が実際に労務提供をしていないにもかかわらず、原則として会社に解雇期間中の賃金(バックペイ)の支払義務が生じます。解雇訴訟は判決が確定するまで数年かかることもあるため、多額の支払命令が下される可能性もあります。
また、バックペイ以外にも、不当解雇が契機となって残業代や解決金の支払いを求められることがあります。
②社会的評価の低下
不当解雇を行う会社であるという風評が広まれば、会社の社会的評価が低下することが予想されます。その結果、会社の業績が悪化したり、採用活動に支障が生じたりすることも考えられます。
このように、解雇には様々なリスクが存在するため、解雇を行う場合にはその適法性を慎重に判断する必要があります。そこで、以下、成績不良社員を解雇できる場合の要件や手続、関連する裁判例等を解説します。
解雇の要件
就業規則に解雇事由があること
常時10人以上の従業員を雇用している企業では、就業規則の作成が義務付けられていますが(労働基準法89条)、これに記載しなければならない事項の1つとして解雇事由(どのような場合に従業員が解雇されるかを示したもの)があります(同条3号)。裁判では、就業規則に定めた解雇事由以外の事由に基づく普通解雇は認められないとされることが多いため(ゼネラル・セミコンダクター・ジャパン事件・東京地判平成15・8・27労判865号47頁等)、成績不良を理由とする解雇を行うためには、予め就業規則にこれを解雇事由として記載しておく必要があります。例えば、「勤務成績又は業務能率が著しく不良で、向上の見込みがなく、他の職務にも転換できない等就業に適さないとき。」といった記載が考えられます(厚生労働省労働基準局監督課「モデル就業規則 令和5年7月版」001018385.pdf (mhlw.go.jp))。
なお、常時10人未満の従業員を雇用している企業については、就業規則がなくとも解雇は可能ですが、不要なトラブルを避けるため就業規則を作成して解雇事由を明確にしておくことが望ましいといえます。
解雇禁止期間に当たらないこと
労働基準法19条1項は、「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間並びに産前産後の女性が第65条の規定によつて休業する期間及びその後30日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第81条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。」と定めており、業務上生じた負傷や疾病、出産に伴う休業期間とその後の30日間につき、原則として解雇禁止期間としています。
解雇権の濫用に当たらないこと
解雇は労働者とその家族の生活に深刻な影響を及ぼしうることから、判例上、解雇が認められるための要件は厳格に判断されてきました(日本食塩製造事件・最判昭和50・4・25民集29巻4号456頁等)。こうして形成されたルールのことを「解雇権濫用法理」といいます。
解雇権濫用法理を踏まえ、労働契約法16条は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と定め、解雇の要件として①客観的に合理的な理由と②社会通念上の相当性を要求しています。①の判断では、解雇の理由が就業規則に定められた解雇事由に該当するかが中心的な要素となり、②の判断では、解雇を回避するための措置を講じたかどうかや、従業員の将来の改善の見込みなどが重視されています。
裁判例の紹介
以下では、従業員の能力不足を理由とする解雇の有効性が争われた裁判例を紹介します。
解雇を無効とした裁判例
まず、解雇を無効とした代表的な裁判例として、セガ・エンタープライゼス事件(東京地決平成11・10・15労判770号34頁)があります。この事件は、「労働能率が劣り、向上の見込みがない」という就業規則上の解雇事由に当たるとして解雇された従業員がその無効を主張し、従業員としての地位保全等の仮処分を申し立てた事案です。裁判所は、解雇された従業員の能力が平均的な水準に達していなかったことを認定しつつも、人事考課が相対評価であって絶対評価ではないことからすると、そのことから直ちに「労働能率が著しく劣り、向上の見込みがない」とまではいえないこと、使用者には雇用関係維持のための努力が求められることなどから、本件は上記解雇事由に該当しないとして解雇を無効とする判断を下しました。
また、日本アイ・ビー・エム事件(東京地判平成28・3・28労判1142号40頁)では、成績不良のため相対的な低評価が続いた従業員であっても、適性に合った職種への転換や業務内容に見合った職位への降格、一定期間内に業績改善が見られなかった場合の解雇の可能性をより具体的に伝えた上での業績改善の機会の付与などの手段を講じることなく行われた解雇は無効であると判断しました。
解雇を有効とした裁判例
他方、解雇を認めた裁判例も存在します。三井リース事件(東京地決平成6・11・10労経速1550号23頁)では、裁判所は、労働者の能力や適格性に重大な問題があり、使用者が教育訓練や配置転換等による解雇回避の努力をしてもなお雇用の維持が困難である場合には解雇は有効であると判示し、複数回の配置転換や本人の希望を踏まえた3か月間の研修を実施するなどの解雇回避努力を尽くした上で行った解雇を有効と判断しました。
また、ゴールドマン・サックス・ジャパン・リミテッド事件(東京地判平成10・12・25労経速1701号3頁)は、秘密情報の不適切な取扱いや取決め違反、職務上のミスなどを繰り返し、勤務成績、勤務状況も不良であった従業員を解雇した事案ですが、裁判所は、個々の問題行為はさほど深刻なものではなくとも、それが繰り返され、かつ、会社の警告、指導にもかかわらず改善されなかったという点を重視し、解雇を有効と判断しました。
総括
以上を踏まえると、成績不良の従業員であってもそれを理由として直ちに解雇することは基本的に許されず、まずは当該社員の能力や適性を踏まえて様々な解雇回避のための措置を講じることが必要であるといえます。
ただし、解雇する従業員の属性(新卒採用者であるか中途採用者であるかなど)によって、裁判所が要求する能力不足の程度や解雇回避措置の具体的手段は異なっています。すなわち、一般的な新卒採用者については、入社時点で特段の能力や経験を備えておらず、基本的には会社が適切な教育指導を行うことが期待されることから、解雇を有効に行うために必要な能力不足の程度や解雇回避措置については厳格に判断される傾向にあります(前掲・セガ・エンタープライゼス事件のほか、単なる成績不良ではなく、企業経営や運営に現に支障・損害を生じ又は重大な損害を生じるおそれがあり、企業から排除しなければならない程度に至っていることを要するとした、エース損害保険事件(東京地決平成13・8・10労判820号74頁)等参照。
これに対し、一定の能力・経験を有することを前提に採用された中途採用者の場合、これらの点については比較的緩やかに判断されています。例えば、学歴・職歴に着目し人事本部長として採用された労働者の解雇が問題となったフォード自動車(日本)事件(東京高判昭和59・3・30労判437号41頁)では、従業員と会社が人事本部長ではなく一般の人事課員として入社・採用する意思はなかったことで一致しているなどとして、解雇前に異なる職位・職種への配転等を命じる義務はなかったとの判断が示されました(他方、I社事件(東京地判平成28・8・30労働判例ジャーナル57号29頁)では、中途採用された従業員であっても、採用の経緯等に照らし、会社が即戦力としての水準を求めていたとは認められない場合には、能力がその程度の水準に達していなかったとしても直ちに解雇することは許されないとの判断が示されています)。
このように、従業員の属性によっても企業が取るべき措置は異なりますが、企業としては、将来、解雇の有効性をめぐって争いが生じた場合に備え、当該従業員の能力が客観的に見て不十分であることや、それが原因で会社に損失が生じていること、解雇する前に解雇回避努力を行ったこと及びそのような努力を尽くしても社員の能力に改善が見られなかったこと等について明確な証拠を残しておくことが重要です。また、成績不良のみならず、無断欠勤や他の従業員とのトラブル等、他の解雇事由に当たり得る事情も存在する場合には、それらも併せて主張することで解雇が認められやすくなります。
解雇の手続
解雇予告
労働基準法20条1項は、「使用者は労働者を解雇しようとする場合においては、 少なくとも30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告しない使用者は30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。」と定めており、原則として解雇の30日前までの予告が必要となります。予告せずに解雇をする場合(即時解雇)や、解雇の30日前を過ぎてから予告を行う場合には、解雇予告手当として金銭を支払う必要があります。
証明書の交付
労働基準法22条1項は、「労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。」と定め、同条2項は、「労働者が、第20条第1項の解雇の予告がされた日から退職の日までの間において、当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。ただし、解雇の予告がされた日以後に労働者が当該解雇以外の事由により退職した場合においては、使用者は、当該退職の日以後、これを交付することを要しない。」としており、労働者の請求があった場合には原則として解雇理由を記載した証明書を交付する必要があります。
なお、解雇理由は具体的に記載する必要があり、就業規則の当該条項の内容及び同条項に該当する事実関係を記載しなければならないとされています。
退職勧奨について
前述したように、従業員を解雇すると訴訟を起こされる可能性があり、またそれを見据えて様々な証拠を用意する必要があるなど、企業にとっては大きな負担が生じます。
そこで、成績不良社員とのトラブルを円満に解決するために、退職勧奨(辞職を勧める会社側の行為、あるいは会社側による合意解約の申込みに対する承諾を勧める行為)を行うことが有効な場合があります。退職勧奨には、①解雇事由がなく、解雇手続を経ずとも退職に至る、②合意による解決であり、訴訟のコスト、敗訴リスクが小さくなる、③円満な解決であり、事後のトラブルのおそれも小さくなるといったメリットがあります(村田浩一ほか『退職勧奨・希望退職募集・PIPの話法と書式』(青林書院、2022)3頁以下)。
注意点としては、退職勧奨はあくまで従業員が任意に応じることが前提となるため、退職を強要するような態様で勧奨してしまうと、不法行為(民法709条)として損害賠償を請求されるおそれがあるほか、労働基準監督署や労働組合に相談されたり、SNSに投稿されたりして収拾がつかなくなることも考えられます。従業員との面談の際には言動に十分気を付けましょう。また、従業員が自主的な退職に合意した場合には、後に合意の有無をめぐってトラブルが生じないよう、退職合意書を取り交わしておきましょう。
栗林総合法律事務所のサービス内容
栗林総合法律事務所による支援業務
従業員を解雇しようとする場合には、人事労務に詳しい弁護士に相談することが重要です。栗林総合法律事務所ではこれまで当事務所の顧問先からの相談や、ご紹介を頂いた企業様からの依頼により、成績不良社員の解雇についてのアドバイスを行ってきたほか、解雇無効確認や未払残業代支払請求訴訟等において企業側を代理し労働審判や労働訴訟を多く扱ってきました。企業の要望に応じた迅速な解決を図りますので、従業員の解雇をお考えの皆様は、是非栗林総合法律事務所にご相談ください。
法律顧問契約締結のご紹介
栗林総合法律事務所では、顧問先の企業様から従業員の解雇に関する相談を受けることが多くあります。従業員を解雇しようとする場合には、顧問弁護士を設置することで迅速かつ適切な解決が期待できます。栗林総合法律事務所を顧問としていただく場合には、会社の業務内容について精通し、担当者との人間関係を構築することでより適切な法的アドバイスを行うことが可能となります。
また、栗林総合法律事務所の顧問先の皆様については、調査委員会による調査、報告書の作成、対応方針の策定、再発防止策の策定などの様々な場面においてアドバイスを行うことになりますが、いずれの場合においても弁護士報酬については通常の価格から2割のディスカウントを受けることが可能となっています。日常の法律相談については、顧問料金の中に含まれていますので、日常の事業運営において弁護士のアドバイスが必要となる場合にはいつでも、電話、Zoom、面談などの方法により法律相談を受けることができます。顧問契約を締結いただいている企業様については、日常の法律相談については、原則として追加の弁護士報酬を頂きません。是非、栗林総合法律事務所の法律顧問契約についてご検討ください。
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