• 2024.11.22
  • 人事労務

労働審判の申し立てがなされた時の対応

労働審判とは

労働審判の概要

労働審判(ろうどうしんぱん)は、平成18年4月から始まった労働事件専門の紛争解決手続きであり、裁判に比べ日本における労働者と使用者の間の民事紛争を迅速で効率的に解決することのできる手続きです。司法制度改革の一環として導入されました。この制度では、職業裁判官である労働審判官1名と民間出身の労働審判員2名(労働者代表の労働審判員と会社代表の労働審判員の2名)で構成される「労働審判委員会」が、当事者間の紛争解決を支援します。手続き的には、調停に近く、双方の主張を聞きながら労働審判官が妥当な解決案を提示し、当事者の了解を得る方向で審理が進められます。

労働審判制度誕生の経緯

従来、労使間の紛争は企業内で解決されていましたが、経済のグローバル化や労働力の多様化により労使間の利害対立が深刻化し、企業内での解決の限界が明らかになりました。また、地方労働局などによる相談・あっせん機能には法的強制力がなく、実効性に欠けていました。労働審判制度は、迅速かつ強制的な紛争解決を目指し、労働者が法的権利を守れるようにするものです。これは、「自由と公正を核とする法の支配」を社会に浸透させるという司法改革の理念に基づき、労働問題を法的に解決するための重要な手段となっています。裁判所が公開しているデータから、労働審判の受件数は次のような傾向にあります。平成22年から令和5年の労働審判事件の受件数(db2024_212.pdf)では、全国で約3,000件~3,500件程度が処理されています。

労働審判の対象となる事件

労働審判の対象となる紛争は、「個別労働関係民事紛争」です(労働審判法1条)。個別労働関係民事紛争とは、「労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争」をいいます(同条)。具体的な事例として、解雇無効を主張して未払賃金の支払いを求める場合や、時間外労働の割増賃金、労働災害やハラスメントに対する損害賠償を求める場合などがあります。しかし、公務員の懲戒処分取消しや、労働組合が事業主に対して行う不当労働行為の訴え、個人の私的な貸金返還請求などは労働審判の対象外です。

労働審判事件の具体例

ア 未払い賃金の請求
本来であれば払われるはずの賃金が支払われていない場合、特に残業代が支払われていないケースが多いです。
例)Aさん(労働者)は、B社(使用者)で働いていましたが、長期間にわたり残業代や休日出勤手当が支払われていませんでした。Aさんは、給与明細やタイムカードなどの証拠をもとに、未払い賃金の支払いを求めて労働審判を申し立てた。
証拠として挙げられるもの
タイムカードや仕事先とのメールや携帯電話への着信履歴、IDカードによる出退勤記録などが考えられます。労働契約書や雇用通知書、給与明細書や源泉徴収票なども本来ならば支払われるべき額と実際に支払われている額との差異を証明するものとなり得ます。
イ 解雇無効の主張
労働者の勤務態度や業績に問題があったり、法令や勤務規則に違反した場合に解雇されたが、その解雇の有効性について労働者が争うケースです。
例)Cさん(労働者)は、D社(使用者)から突然解雇されました。Cさんは解雇が不当であると主張し、労働審判を申し立てました。D社はCさんの仕事のパフォーマンスや社内規定違反を理由に解雇を行ったと説明しましたが、Cさんは解雇の理由が正当でないと反論しました。
証拠として挙げられるもの
会社発行の解雇理由証明書、退職勧奨や解雇などについての会社側とのEmail、Line、電話した際の音声記録など人事評価に関するデータ、賞与計算書などの勤務成績に関する資料、職場での上司や同僚等からの評価
ウ パワーハラスメントを理由とする損害賠償請求
パワーハラスメントは不法行為として、民事上の責任を問うことができます。
例)Eさん(労働者)は、F社(使用者)の上司から精神的なパワーハラスメントを受けており、心身の健康を害していました。Eさんは、上司の行為が違法であり、損害賠償を求めるために労働審判を申し立てました。
証拠として挙げられるもの
上司等とのmail、line、通話記録、実際に対面で話している際の録音、他人が聞いていた等

労働審判制度の特徴

労働審判制度は、非常に多数の個別労働関係紛争を迅速かつ適正に解決することを目的としており、原則3回以内の期日で審理を終える仕組みです。主な特徴は以下の通りです:

  1. 「簡易迅速な申立て」: 申立てが簡単に行え、3回以内の期日で審理を終えることが目指されており、迅速な解決が可能です。
  2. 「専門家の参加」: 審理は、裁判官1名と労働審判員2名(雇用・労使関係に関する専門的な知識と経験を持つ者)で構成される審判委員会によって行われます。労働審判員は中立・公正な立場で判断に加わります。
  3. 「調停と審判」: まず調停で解決を試み、合意に至らなければ、審理に基づき柔軟な判断(労働審判)が行われます。
  4. 「異議申し立てと訴訟移行」: 労働審判に不服がある場合、異議申し立てをすることができ、その場合には訴訟手続に移行します。

この制度は、地方労働局のあっせんに比べ、裁判所の判定的・強制的な解決機能を備え、より実効的な解決が期待できます。

労働審判手続が行われる地方裁判所(管轄)

労働審判は、日本全国の地裁判所からの呼び出し方裁判所で行われますが、労働審判の申立ては、事件が発生した地域の地方裁判所に対して行います。具体的には、

  1. 相手方の住所、居所、営業所、事務所の所在地の管轄地方裁判所
    相手方が個人の場合には労働審判を申し立てる際、相手方(使用者)が法人ではなく個人の場合、管轄裁判所を決める基準は「住所」や「居所」になります。「住所」は、その人が「生活の本拠」を置いている場所を指します。通常、住民票がある場所が住所として扱われます。「居所」はその人が「生活している場所」ではなくても、一定期間以上滞在している場所があれば、管轄として認められることがあります。例えば、仕事場や滞在先が居所に該当します。一方、相手方が法人(会社)の場合は、管轄裁判所は「営業所」や「事務所」の所在地が基本となります。最も一般的なのは、会社の本店所在地(商業登記簿に記載された住所)ですが、本店所在地でなくても、会社が実際に業務を行っている場所(支店や営業所など)があれば、そこが管轄裁判所となることがあります。
  2. 当該労働者が現に就業し若しくは最後に就業した当該事業主の事業所の所在地を管轄する地方裁判所
    労働審判を申し立てる社員が、どの裁判所に申し立てるかの管轄は、基本的に社員が実際に働いていた場所や、最後に働いていた場所に基づいて決まります。特に、解雇後に争いが生じた場合や、異動や配置転換を争う場合などでは、社員が最後に勤務していた場所にも管轄が認められます。これは、労働者が不利な管轄に限定されないようにするための配慮です。また、管轄裁判所は、会社の事務所や営業所の所在地が基本となりますが、たとえそれらが独立した業務を行っている場所でなくても、社員が実際に就業していたと認められる場所であれば、その場所を管轄する裁判所で労働審判が行われることがあります。一方で、社員が就業していた場所がすでに閉鎖されている場合、その閉鎖された事業所を管轄する裁判所で労働審判を申し立てることはできません。例えば、事業所が閉鎖されたことを理由に、閉鎖された場所の裁判所で整理解雇を争うことはできません。
  3. 当事者が合意で定める地方裁判所
    合意管轄を利用して労働審判を申し立てる場合、通常は事前に当事者間で協議を行い、管轄について合意した旨の管轄合意書を作成します。この合意書は、労働審判の申立書とともに裁判所に提出され、管轄が合意されたことを証明します。このような合意管轄は書面でなされなければなりません(労働審判規則3条)。

※外国企業や日本国内に相手方がいない場合、次のようになっています。

  1. 日本国内に相手方の住所及び居所がないときや住所及び居所を知らないときは、その最後の住所地を管轄する地方裁判所の管轄に属する(労働審判法2条2項)。
  2. 相手方が法人等である場合において、日本国内にその事務所、営業所がないときや事務所、営業所の所在地を知らないときは、代表者その他の主たる業務担当者の住所地を管轄する地方裁判所の管轄に属する(労働審判法2条3項)。
  3. 相手方が外国の社団又は財団である場合において、日本国内にその事務所又は営業所がないときは、日本における代表者その他の主たる業務担当者の住所地を管轄する地方裁判所の管轄に属する(労働審判法2条4項)。

労働審判申立書の内容

  1. 申立人と相手方の氏名、住所、電話番号等
  2. 労働審判申し立ての趣旨
    労働審判の申し立ての趣旨とは、労働者(または使用者)が裁判所に対して、自分たちの間で起きた労働に関する問題を解決するために、どのような判断や措置を求めるかを記載する内容です。簡単に言えば、審判でどんな結果を望むかを明確に伝える部分です。
    ア 地位確認請求

    1. 申立人が,相手方に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
    2. 相手方は、申立人に対し、金20万円及び令和○○年○○月から本労働審判確定の日まで、毎月末日限り月額金20万円の割合による金員を支払え。

    イ 未払い残業代未払い残業代
    相手方は、申立人に対し、金20万円及び令和〇〇年〇〇月から本労働審判確定の日まで、毎月末日限り20万円の割合による金員並びにこれらに対するそれぞれ各支払日の翌日から支払済みまで年〇分の割合による金員を支払え

  3. 労働審判申し立ての理由
    労働審判の申立ての理由とは、労働者(または使用者)が裁判所に対して労働審判を申し立てる具体的な理由や背景を適示する部分です。これは、紛争がどのようにして発生したのか、どのような経緯で解決が必要になったのかを明確に示すために記載します。申立ての理由は、審判手続きが進む上での重要な基盤となるため、適切に整理しておく必要があります。
  4. 予想される争点及び争点に関する具体的な重要な事実
    労働審判手続きは迅速な紛争解決手段でありますので、事前に当事者間で争点になりそうな事実を記載します。
  5. 申し立てに至った経緯
    これまでの労使間の関係、紛争の過程について記載することにより、労働審判委員会は事案を正確に把握し、より迅速的な妥協案を提示することができます。
  6. 希望する解決案等
    労働審判委員会は第一回期日から妥協案を提示します。そのため、労使間が何を求めているか把握することにより、迅速かつ円満な解決につながります。
  7. 証拠方法
    申立人の主張が認められるために必要な証拠を記載します。弁護士に依頼すれば、適切な証拠を選択し、申立人の主張をより説得的に裏付けることができます。具体例としては、労働契約書、就業規則、給与明細、タイムカード等が考えられます。
  8. 申立書と証拠書類の枚数
    申立書は裁判所に提出する原本、相手方の人数に応じた枚数、これに加えて3部用意しておく必要があります。証拠書類は裁判所に提出する一部と相手方人数分用意してください。

※労働審判における申し立ての書式が裁判所により公開されています。労働審判手続の利用をお考えの方へ | 裁判所

迅速な紛争解決手続き

先述の通り、労働審判の特色は迅速に紛争を解決するところにあります。労働審判の申し立てがあった場合、通常40日以内に第1回の審判期日が指定され、申し立ての相手方である会社側は第1回期日前までに答弁書と証拠を提出することが求められます。40日と言っても実際には第1回期日の1週間前くらいまでに答弁書と証拠を提出するよう求められますので、準備の期間は最大でも30日程度に限られます。労働審判期日においては、裁判官が直接双方に問疑し、その解答内容をも考慮要素として争点に対して心証を形成することとなります。実際には極めて限られた時間ですので、会社側の弁護士としては、迅速に事案の概要を把握し、関係者からのヒアリングや証拠の検討、事件に関係する関係者の陳述書の作成などを行い、相手方や裁判官の問いに対して的確に答えていかなければなりません。第1回の期日において如何に説得力のある主張や説明ができるかが結果に対して大きな影響を与えることになります。事件の全体像を把握し、証拠による肉付けをしながら、しっかりとしたストーリーを示せるかどうかが重要となります。
※労働審判の全体の期間は、通常、申立てから約2~3ヶ月以内に終了することが多いですが、複雑な案件や異議申し立てがあった場合など、さらに時間がかかることもあります。

労働審判手続きのフロー

1. 申立て

  • 労働者または使用者が労働審判を申し立てる
  • 必要な書類(申立書、証拠資料)を提出

2. 審理開始

  • 審判期日の通知(通常、申立てから40日以内)
  • 初回期日(通常1回目で心証が形成される)

3. 調停の試み

  • 初回期日で調停を試みる
  • 話し合いで解決を目指す

4. 調停成立

  • 調停が成立した場合:解決案に基づき合意が形成され、解決

5. 調停不成立

  • 調停が不成立の場合:労働審判を決定(審判期日)

6. 労働審判

  • 労働審判を発令(判決のような形)

7. 異議申し立て

  • 労働審判に異議を申し立てることができる(異議申し立て後は訴訟に移行)

8. 訴訟移行(異議申し立てがあった場合)

  • 異議申し立てがあれば訴訟に移行し、通常の裁判手続きが開始

労働審判手続きに必要な費用

労働審判の申立てに必要な手続き費用として、収入印紙を申立書に貼添しなければなりません。労働審判手続きの印紙代は次の通りです。<642D312D328EE8909497BF8A7A91818CA9955C2E786C73>
例外として、労働者としての地位を確認したいときには金銭換算ができないので、請求金額は160万円となっております。これとは別個で、弁護士に依頼する場合には、相談金、着手金、報酬金がかかります。労働審判の弁護士の着手金は、一般的には10万円~30万円程度が相場とされています。これは、案件の難易度や弁護士の経験、事務所の規模によっても変動することがあります。

  • 簡易な案件:労働審判が比較的単純で、労働契約の内容が明確である場合、10万円程度の着手金となることがあります。
  • 複雑な案件:例えば、複数の証拠や証人を必要とする場合、あるいは企業側が強硬な態度をとる場合など、30万円以上になることもあります。

労働審判の結果に基づいて弁護士が得る報酬は、成功報酬として、請求額に応じた割合で設定されることが一般的です。成功報酬の割合は通常、10%~20%程度です。弁護士費用は着手金や成功報酬以外にも、事務手数料や必要な経費(交通費、コピー費用など)が発生する場合があるため、契約前にしっかりと確認することが重要です。

裁判所からの呼び出し

1. 労働審判の呼び出しに応じないリスク
裁判所からの呼び出しに応じない場合、以下のリスクがあります:

  • 相手方主張の認容と過料: 呼び出しに応じない場合、申立人(労働者)の主張が認められる可能性が高くなります。また、出廷しないことで、労働審判所から過料(通常5万円程度)が科せられることがあります。これは、出席義務を果たさなかったことに対するペナルティです。
  • 審判の欠席判決: 呼び出しに応じないままでいると、審判が進行し、最終的に判決が下されることになります。審判には当事者の双方が出席し、意見を述べることが基本ですが、欠席のまま審判が進められた場合、欠席した側にとって不利な結果になることが多いです。つまり、申立人(労働者)の主張がそのまま認められ、審判結果が労働者側に有利に決定されるリスクが高くなります。

2. 労働審判の確定判決の効力
労働審判が行われ、和解が成立した場合、その結果は裁判上の和解と同じ効力を持ちます。つまり、労働審判の結果は法的に確定した判断となり、確定した労働審判の内容に従わなければなりません。

  • 強制執行の対象: 労働審判で賠償金を支払うことが決定された場合、申立人はその決定を強制的に実行することができます。これは、差押えや給与の差し押さえといった強制執行手続きを含みます。たとえば、給与や預金口座の差押えが行われる可能性があるため、経済的な損失が大きくなることもあります。

3. 審判に必ず出席すべき理由
労働審判において、企業側が出席し、正当な理由を述べたり、労働者の主張に反論したりすることが重要です。出席しないことで、企業側の主張が認められないまま、労働者側の要求が受け入れられやすくなるためです。

  • 和解のチャンスを失う: 労働審判は裁判に進む前に争いを解決するための手続きであり、和解の可能性があります。審判で出席して話し合いを行えば、双方の合意に基づいて問題を解決することができますが、欠席するとその機会を逃してしまいます。
  • 主張の機会を確保: 労働審判では、企業側が出席して自らの主張を行うことが求められます。欠席すると、労働者側の証言や証拠に基づいて一方的に判断される可能性が高まります。企業側の主張を伝える機会が失われるため、不利な結論を招くリスクが高くなります。

期日

第1回期

第1回期日では、審判委員から双方の代理人に対して色々な質問がなされることが中心で、通常の訴訟の場合と異なり、代理人はできるだけその場で回答することが求められます。この点で、第1回の期日には会社の代表者や事案の内容をよく把握している担当者も同席するのが好ましいと思われます。第1回期日では、双方に対して追加でどのような資料や証拠を提出するかについての指示がなされます。また、第一回期日における労使間の主張や反論を通して、あらかたの和解案の方向性が示されることもあります。弁護士としては、事前に事案の内容を把握し、労働審判官(裁判官)からの質問に適切に回答できるよう準備しておく必要があります。審判官(裁判官)からの質問内容はほとんどが事実に関連する質問ですので、事前にどれだけ事実経過を整理して理解し記憶しておくことができるかが重要となります。第一回期日における審判官の心証は、今後の手続に大きな影響を及ぼします。

第2回期日

第2回期日は、第1回期日終了後の1週間後から1か月後に設定されることが多いです。第2回期日では、追加で提出された証拠の確認を行うとともに、審判委員から双方の当事者(代理人)に対して和解案が示されることになります。審判委員からはよく検討するようにということで示されますが、実際には強制に近く、和解案に合意するかどうかの判断を迫られるのに近いと考えられます。但し、ほとんどの事件では、一方当事者の意見のみに基づく一方的な和解案が出されることは少なく、双方の立場に配慮した和解案が出されることが多いと思われます。例えば解雇無効確認の事案では、解雇の無効は認められないが、会社は従業員に対して3か月から1年の給与に相当する和解金を支払うよう言われることがあります。当職らの経験では、和解金の金額としては給与の3月から6月の額に相当する場合が多く、12か月に近い和解金が提示された場合は、かなり申立人側に有利な和解提案であると考えています。その後に起こる訴訟を考えた場合、3月から6月の給料に相当する和解金の場合は会社側としては和解に応じたほうが好ましいと思われます。

第3回期日

第3回期日は双方が労働審判委員会の提示した和解案に同意することを確認するだけの手続きとなります。実際には、全体の8割近くが和解により解決しています。労働審判手続きが導入されたことで紛争の迅速な解決が図られるようになり、弁護士を含めた関係者の評価は極めて高くなっています。但し、全国的に見た場合、まだ労働審判の手続きが導入されていない裁判所のほうが多く、今後司法予算も検討しながら、地方での労働審判の定着が図られていくことになると思われます。

審判

3回までの労働審判期日に和解が成立しない場合は、労働審判という審判(決定)がなされることになります。審判に対して双方の当事者から不服がなければそのまま審判内容が確定し、当事者は審判の内容に従って金銭の支払いなどを行うことになります。審判に対して不服のある当事者がいる場合は、労働審判に対する異議申し立てを行い、事件は通常訴訟に移行します。当事務所で扱った事件の中でも当事者からの異議申し立てにより1件だけ通常訴訟に移行した事件があります。未払賃金支払請求訴訟に関するものですが、訴訟費用(弁護士費用を含む)を考えた場合、訴訟への移行が適切だったか疑念があります。当事者の思い入れが強い場合は訴訟による解決にならざるを得ないことになります。

異議申し立て

異議申し立ての概要

労働審判の最終判断に対しては、労働者と使用者のいずれからも異議申し立てが可能です。異議申立ては、審判書の送達または労働審判の告知を受けた日から2週間以内に行う必要があります(労働審判法21条)。通常、審判は期日に口頭で言い渡され、審判書は作成されません。そのため、異議申立ては最終期日から2週間以内に行うことになります。
異議申立てを行うと、審判は確定せず、訴訟に移行します(労働審判法23条)。この時点で、労働審判が訴訟提起されたものとみなされ、労働審判申立書は訴状と同じ扱いとなります。訴訟に移行すると、審理は労働審判とは別に行われ、証拠調べや主張書面の提出が改めて必要となります。実務では、訴訟移行時に訴状に代わる準備書面を提出することが一般的です。なお、労働審判で提出した書面や証拠は、訴訟でも証拠として使用されるため、労働審判で不利な結果となった場合、その内容が訴訟においても影響を与えることがあります。

異議申し立てをするかの判断

この判断において最も重要なのは、訴訟に移行した場合、申し立てた側にとって有利な結論に変わる可能性があるかどうかを慎重に判断することです。
労働審判に不服があり異議申立てをしても、訴訟に移行したからといって必ずしも結論が変わるわけではありません。むしろ、訴訟での審理を経ることによって、労働者にとってさらに不利な結果が出る可能性もあります。訴訟に移行した後は、使用者が同意しない限り取り下げることもできず、審理が進んでしまうため、異議申立てを行う前に訴訟に移行して結論がどれだけ変わる可能性があるかをよく検討する必要があります。ここで留意しなければならないのは、労働審判は裁判官が関与する正式な手続きであり、簡易な制度ではありますが専門的な審理が行われます。労働審判で明らかな誤りがない限り、訴訟に移行して結論が大きく変わることは稀です。労働審判の結果が不利な結果となっている場合、訴訟に移行したところでその不利な状況からやり直せるわけではなく、不利な状況から始めることになります。さらに、労働審判で提出した書類や証拠は訴訟でも使用されるため、労働審判で考慮された相手方に有利な書類や証拠をも上回る主張(新たな有力な証拠提出等)をしなければなりません。

労働審判手続きへのオンライン参加

最近では、裁判所でもテレビ会議システムを導入しており、特にコロナ禍を経て、裁判や審判手続きのオンライン参加が可能になっています。労働審判でも、このシステムを利用してテレビ会議による出席が認められるケースが増えてきました。テレビ会議を利用することで、物理的に裁判所に出向くことが難しい場合でも、適切に審判手続きに参加できるようになっています。

1. テレビ会議での出席の概要
テレビ会議による出席は、裁判所が提供する専用の機器を利用して行われます。自宅や会社のパソコンなど、個人の機器からは参加できませんが、裁判所が指定した場所や、近くの裁判所から参加することができます。これは、インターネット回線を介したオンライン出席の一形態であり、遠隔地からでも適切に手続きに参加することができる点が特徴です。

2. テレビ会議で出席するための手続き
テレビ会議での出席を希望する場合、まずは裁判所に事前に問い合わせを行い、利用可能かどうかを確認する必要があります。以下の手順を踏むことが一般的です:

  • 裁判所への事前確認: 労働審判を担当する裁判所に、テレビ会議を利用した出席が可能かどうかを確認します。裁判所によっては、テレビ会議システムを導入していない場合や、特定の条件でのみ利用可能な場合があるため、事前に詳細を確認することが重要です。
  • 出席場所の決定: 自宅や勤務先などから直接テレビ会議に参加することはできません。裁判所指定の場所や、近くの裁判所のテレビ会議機器が設置された部屋から参加することになります。これにより、機器の不具合や通信トラブルを回避することができます。
  • 準備: 出席する場所や機器が決まった後、事前にその場所に設置されたテレビ会議機器が正しく動作するか、インターネット接続が安定しているかなどを確認しておきます。また、裁判所側が定めた手続きやタイムスケジュールに従って、当日遅れずに参加することが求められます。

3. 自宅や会社からの参加はできない理由
自宅や会社のパソコンからテレビ会議に参加できない理由は、主に以下の点にあります:

  • セキュリティの確保:裁判所は法的な手続きを行う場所であり、裁判や審判の内容が機密性を有することが多いため、個人のインターネット環境を利用して参加することは、情報漏洩や通信の不正操作のリスクを避けるために認められていません。裁判所内で利用される専用の機器や環境において、セキュリティを確保する必要があります。
  • 安定した通信環境:裁判や審判においては、証拠の提出や証人の発言など重要なやり取りが行われるため、インターネット接続が途切れると審理に支障をきたす可能性があります。裁判所側が提供する設備であれば、安定した通信環境が整えられているため、確実に審理に参加できることが保証されます。
  • 機器の調整とサポート:裁判所が用意する機器は、事前に専門的なチェックや設定が行われており、機器の故障やトラブルが発生しにくい環境が整えられています。また、参加者が万一機器の操作に困った場合でも、裁判所側のサポートを受けやすくなっています。

4. テレビ会議の利用が可能な場合のメリット
テレビ会議での出席は、特に以下のような場合に大きなメリットがあります:

  • 物理的な移動が難しい場合:例えば、遠方に住んでいる場合や、業務上の都合で裁判所に直接出向くことが難しい場合、テレビ会議であれば、時間や距離を大幅に短縮できます。
  • コスト削減:出席のために交通費や宿泊費をかける必要がないため、企業側にとってはコストの削減にもつながります。また、労働者にとっても、移動時間や費用を節約できるメリットがあります。
  • 手続きの迅速化:特に都市部では、テレビ会議システムを利用することで、複数の案件を迅速に進行することが可能になり、審理がスムーズに行われることが期待できます。

労働審判における弁護士費用

労働審判は申し立てから70日程度で終了するのに対し、訴訟の場合1年から1年半以上の期間を要し、その間証拠の提出、検証、反論などに多くの時間を取られることになります。
弁護士の立場からしても手続きの準備に要する時間や負担は労働審判の3倍から5倍程度になることが多くあります。弁護士費用についても労働審判は着手金と成功報酬を合わせて80万円から100万円程度になることが多いのに対し、労働関係訴訟については着手金と成功報酬を合わせて100万円から300万円程度の報酬を要することになります。この点からしても、労働審判は費用的にも安く、労働事件の処理には向いていると考えられます。

労働審判における弁護士の活用

では、労働者と使用者は労働審判手続きをするにおいて弁護士に依頼した方がよいのでしょうか。労働審判においては極めて限られた時間内で証拠を検討し、主張の方向性を定めて答弁書を作成していかなければなりません。弁護士に依頼せず自分で労働審判を申し立てることは可能です。しかし、労働審判は迅速な手続きであり、専門的な知識が求められます。特に、第1回期日では証拠を提出し法的な観点から労働審判委員会に対して説得力のある主張をしなければならず、弁護士を雇わずに手続を進めるのは非常に困難です。そのため、労働者側としては、弁護士に依頼した方が効果的です。企業側としては、労働者が弁護士に依頼した場合には同じ法の専門家である弁護士に依頼した方がより会社の利益を保護できる可能性が高まります。他方で、労働者が弁護士に依頼していない場合、法においては素人の労働者が提出した本件と関係のない又は関係性の薄い書面に対応しなければならず、情報の取捨選択が困難となり通常より負担が増えることがあります。いずれにしても、企業も適切な弁護士に依頼して対応することが重要です。また、会社の担当者としては、労働審判の申立書を受領した後、できるだけ早く法律事務所に相談することが重要です。事件を担当する法律事務所としては、着手が遅くなるほど準備の時間が少なくなり、準備に制約が課されてしまうからです。栗林総合法律事務所は、解雇無効や未払残業代支払い請求事件において労働審判や労働訴訟を多く扱った経験がありますので、労働審判についての代理が必要な場合はご連絡ください。

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