• 2023.07.12
  • 人事労務

競業避止義務違反の従業員にライバル企業への就職をとどまらせた事例

退職した従業員のライバル企業への就職の問題

会社を退職する従業員については、退職後は職業選択の自由が認められますので、従前の会社が退職後の従業員の就業を制約することができないのが原則です。退職後の従業員等に競業避止義務を負わせるためには、就業規則や誓約書等によって、従業員等との間で競業禁止特約を締結しておくことが必要となります。競業避止義務契約の有効性については、企業側に守るべき利益があることを前提として、競業避止義務契約が過度に職業選択の自由を制約しないための配慮を行い、企業側の守るべき利益を保全するために必要最小限度の制約を従業員等に課すものであれば、当該競業避止義務契約の有効性自体は認められるとされています。

入社時の競業避止の確認書

会社に就職する際には、従業員から誓約書を取得し、不正な行為があった場合に損害賠償を行うことを確認してもらっていると思われます。また、その際に、①秘密保持義務、②競業行為の禁止、③知的財産権を会社に譲渡することなどについても確認してもらっていることが多いと思われます。しかしながら、入社から長期の時間が経過していたり、退職時の具体的職務の内容にそぐわないこともありますので、退職時において新たに競業避止禁止の確認をしてもらうのが好ましいと考えられます。

退職時の競業避止確認書

従業員が退職する際には、会社との関係が切れてしまうことになりますので、退職後の関係を制約する秘密保持合意書や競業避止の合意書にサインしてもらうことが難しいこともあります。会社としては退職金の支払時などに合わせてサインを取得するのが好ましいと考えられます。また、どうしても個別の合意書へのサインがなされない場合を考慮し、事前に就業規則の内容を改定し、退職後も会社の秘密情報を用いて競合することは禁止されることを明示しておく必要があります。

競業避止特約の有効性の判断基準

競業避止特約も全て有効ではなく、一定の要件を満たさなければならないとされています。判例上、競業禁止特約の有効性を具体的に判断するにあたっては、次の要素が考慮されます。具体的には、競業避止の業務分野が限定されていること、地域の限定があること、制約期間は2年以内であること、制約の代わりに一定の金額の支払いがあることなどが重要になります。
①競業行為を規制する会社(使用者)の正当な利益(企業秘密の保護等)があること
②競業禁止義務を課される役員・従業員の地位や職務内容
③競業行為を禁止される期間・地域・対象業種が従業員の活動を不当に制限しないこと
④代償措置が設けられていること等の要素が総合考慮されることになります。

賠償額の予定の禁止

就業規則等に競業避止義務を規定する場合、競業行為を行った場合に会社に対して損害賠償請責任を負うとの規定を設けることが見られます。このような規定を設ける場合に注意すべきことは、競業避止義務違反行為を行った場合に、具体的な金額を明示しつつ、その金額の責任を負うと規定した場合は、その規定は労働者との間での賠償額の予定を定めたものであるとして、労働基準法第16条に違反し無効となり、刑事罰の対象となる(法119条第1号)可能性があることです。競合を行っている従業員の側から反対に攻撃されることもあり得ます。これに対して、従業員の競合行為によって既に発生した損害について賠償金額を定め、その支払い方法について合意することは問題ありません。この境界線は難しいですので、弁護士などの意見を参考にしながら決定する必要があります。

注意処分

従業員の競業避止義務が判明した場合は、第一次的には本人を呼び出して注意を行うことになります。注意は、業務上の指揮命令としてなされることもありますし、懲戒処分の一つとして注意処分(戒告)がなされることがあります。注意処分(戒告)を行う場合は、懲戒事由を書面に記載し、本人を呼び出して文書を読み上げることが必要になります。

仮処分による違法行為の差止め

従業員等が、競業避止義務違反行為を現に行っているような場合など、著しい損害又は急迫の危険を避けるため必要なときは、競業行為の禁止を求めて、競業避止義務に基づく競業行為差止め請求権を被保全権利として、競業禁止仮処分の申立てを裁判所に行うことができます。この処分が得られた場合の執行方法としては、間接強制(違反について金銭の支払いを要求することにより間接的に強制執行を行う)によることになります。例えば、会社の役員が退職後、会社を自ら設立して競業を開始する場合や従業員等が競業会社の役員に就任するような場合などには、それらの競業行為や就任の差し止めを申し立てることになります。仮処分の申立てが認められるためには、競業禁止特約が有効であること(被保全権利の存在)、放置しておくと回復しがたい損害を生じるという事情(保全の必要性)が必要です。この点、特約の有効性に関する判断要素のうち、特に競業行為を規制する会社(使用者)の正当な利益があることが認められ、現に競業を行っていることが疎明できれば、保全の必要性についての疎明は充足していることとなる場合が多いとされています。

不正競争防止法(法2 条第 1 項第 4 号乃至10号)

役員及び従業員が、競業避止義務に違反し、会社の秘密情報を利用して、自ら又は第三者をして競業行為を行ったようなときには、例えば以下のような場合に、当該秘密情報の利用行為についての差止めや、秘密情報の利用によって生じた損害の賠償請求を行うことができる場合があります。なお、不正競争防止法上の上記秘密保持義務は、労働契約の存続中だけでなく退職後にも及びます。まず、営業秘密の保有者が役員や従業者に対して営業秘密を示した場合に、その従業者が不正の利益を得る目的又は保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用又は開示する行為(第 2 条第 1 項第 7 号)を行った場合には、不正競争に該当することになります。競業避止義務違反については、会社と従業員との間において競業行為を行わないことについての合意があることが必要ですが、不正競争防止法違反については、そのような特別の合意がない場合であっても不正競争防止法違反を主張することができます。会社の役員や従業員との間において競業避止義務についての合意がない場合は、不正競争防止法違反に当たるかどうかを検討することになります。

不正競争防止法違反の事例としては次のようなものがあります。

・学習器具並びに出版物の製作及び販売等を営業目的とする株式会社の代表取締役が、在職中に、従業者に依頼して顧客情報をフロッピーディスクにコピーさせた上、従業者からそれを受け取って自宅に持ち帰り、退職後に、不正の利益を得る目的等で当該顧客情報を用いて転職先企業において販売を開始する行為

・製造委託契約に基づいて示された婦人靴の設計情報(木型)を、自らの企業として存続等するために許されないことを認識しつつ、委託元の競業者となろうとしている第三者に開示する行為

また、第三者が、不正取得行為が介在したことを知って(悪意)、若しくは重大な過失により知らないで(重過失)営業秘密を取得する行為、及びその後の使用行為又は開示行為を行った場合には、当該第三者の行為は不正競争に該当することになります(第 2 条第 1 項第 5 号)。例えば、「会社の機密文書を窃取した従業者から、それが営業秘密であると知って、産業スパイが当該機密文書を受け取る行為等」がこれに当たることになります。

これらの場合、会社としては、当該役員及び従業員や第三者に対して、営業秘密の使用・開示行為について損害賠償請求(法4条)や差止め請求(法3条)を行うことができます。不正競争防止法では、損害額に関する推定規定が設けられており(法第5条)、損害額の立証困難への救済が一定の程度においてなされています。

内容証明郵便による催告

役員及び従業員が競業避止義務違反行為を行う恐れが現実に存在する場合には、当該役員等に対して、弁護士などから内容証明郵便等によって警告書を送付することにより、事実上の抑止効果により、競業行為の防止を図ることが可能です。また、前述の不正競争防止法の適用がある場合においては、営業秘密を取得した第三者(貴社から秘密情報を剽窃しようとしている貴社のライバル会社)に対しても警告書を送付することによって、営業秘密を用いた競業行為への抑止効果を期待できる場合があります。内容証明郵便の送付により、相手方に警告を発し、自発的に競業避止行為を中止してもらうことができれば、最も安価でかつ迅速な解決方法であると思われますので、競業避止行為が認められる場合の最初の対応方法として検討できると思います。但し、上記に記載した保全処分を検討する場合において、貴社が保全処分の申し立てをしようとしている事実が相手方当事者に知られてしまうと、パソコンのデータを廃棄するなど証拠の隠蔽を図られてしまう可能性があります。保全処分の申し立てを行う場合には、保全処分の申し立てを行おうとしていることが相手方に知られないように準備をしていく必要があります(「保全処分の密行性の原則」といいます)。直ちに内容証明郵便を出す方がいいのかどうかは、その後に取りうる手段の有無を含めて慎重に検討する必要があります。

損害賠償請求訴訟の提起

従業員等の競業避止義務違反行為によって、会社に現実に損害が生じた場合には、会社は、その生じた損害について、従業員等に請求をすることになります。例えば、労働者の競業避止義務違反行為によって、取引先を失ったような場合などには、その損害額を立証することができれば、その損害を請求することができます。そのような損害賠償請求に備えて収集すべき証拠としては、取引先や会社の担当者などの関係者による陳述書、経過報告書、会社又は第三者委員会による調査報告書なども有用です。

懲戒処分等

従業員の競業避止義務違反行為が、就業規則上の懲戒事由に該当する場合には、懲戒解雇、譴責処分等の就業規則による懲戒処分を行うことも検討しなければいけません。また、就業規則に退職金の定めがあり、競業避止義務違反の場合に退職金の不支給や減額をなしうることを就業規則で定めているのであれば、その規定に基づいて退職金を減額することも考えられます。従業員から退職届出が出され、退職を認めてしまえば懲戒処分等の手続を取ることは難しくなりますので、懲戒処分の可能性があるのであれば、従業員からの退職申出があっても退職を認めず、退職通知期間(2週間)の時間的制約の中で懲戒手続その他の処分を行う必要があるかどうかを判断する必要があります。

栗林総合法律事務所のサポート内容

栗林総合法律事務所では、従業員による競業避止行為を行わせることのないよう、事実関係の調査、本人からのヒアリング(聞き取り調査)、第三者委員会の開催、懲戒処分などの手続きについて会社を代理して行います。また、損害賠償請求訴訟や保全処分により競業避止行為を禁止させたケースも取り扱っています。

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