• 2020.09.01
  • 人事労務

未払残業代の支払請求訴訟で裁判上の和解を成立させた事案

未払残業代の支払請求

現在の従業員や退職した従業員から未払残業代の支払請求がなされた場合、会社としては、未払残業代の有無について調査し、未払残業代がある場合はその金額を支払わなければなりません。しかしながら、会社の側が考える未払残業代と、従業員の側が考える未払残業代の額について食い違いが生じることが多くあります。

未払残業代の支払請求は労働者の権利になりますので、会社の側で支払いたくないとか支払うお金がないという理由だけでは支払いを拒むことはできません。しかしながら、本当に未払残業代の支払義務はあるのかどうか、あるとしていくらの金額があるのかはしっかり確認しておく必要があります。

例えば、雇用契約書の中で、月20時間までの労働時間については、賃金の中に含まれていると合意されている場合、月20時間までの残業代の支払請求はできないことになります。また、未払残業代の金額についても、就業準備の時間や、仕事が終わったのちの片づけや着替えの時間も残業代に含まれるのかどうかを争う余地はあります。また、通勤時間を残業代として請求するケースがありますが、通勤時間については残業代の対象となりません。

就業規則・雇用契約書での確認

未払残業代の支払請求はどこの会社でも起こりうる問題です。そこで、未払残業代の支払請求がなされたときはもちろん、そうでない場合でも就業規則や雇用契約書の見直しを行い、未払残業代支払請求に備えておく必要があります。例えば、月20時間までの超過勤務時間が給与の中に含まれるとしている場合であっても、本来の給与部分と超過時間の給与部分がきちんと分けて計算されていない場合は、そのような規定は無効とされる可能性があります(裁判例ではこのように解釈されています)。

残業代を基本給に含む規定(定額残業手当)の問題

未払残業代の支払請求を回避するために、月20時間までの超過勤務時間の給料(割増残業代)に含まれると規定している会社が多くあります。その場合でも基本給部分がいくらで、割増残業代部分がいくらであるかを雇用契約書や給与明細書の中で明らかにしていなければ無効と解釈される可能性があります。例えば、ある社員の給与が月額40万円とし、月の勤務時間が160時間だったとします。20時間の超過勤務時間が含まれていない場合の時間単価は、40万円÷160時間=2500円となります。従って割増賃金は、2500円×1.25=3125円となります。もし毎月20時間の残業をさせており、これが給料の中に含まれないとするとこの社員の月間の未払残業代は3125円×20時間=6万2500円となります(2年間では150万円)。雇用契約書や給与明細の中で、残業時間分を分けて記載しているかどうかだけでこれだけ大きな差が生じてくることになります。未払残業代の支払請求への対処方法(現在の扱いで本当に問題がないのかどうか)について一度検討されておくことをお勧めいたします。また、いくらの時間でも無制限に給与に含まれると規定できるわけではなく、判例などを基にすれば、おおむね月40時間を超えて基本給に組み入れると規定している場合はその規定自体が無効と判断される可能性が強くなります。従って、月40時間を超える残業代についてはやはり支払わなければならないことになります。

業務日報に残業代を記載させる方式の問題

残業については上司の許可が必要としつつ、従業員に毎日業務日報を提出させ、慣習上ほとんど毎日定時に退社している旨の日報を書かせている場合があります。この会社からすれば、上司の許可のない残業は認められず、実際に上司の許可はなされていないのであるから、
残業は生じていないと考えていることがあります。また、業務日報や出退管理簿で出社時刻と退社時刻が毎日記載されており、残業の記載はないのであるから、証拠上も未払残業代はないとの考えを持っている会社があります。しかしながら、このような規定と運用を行っていたとしても、実際の業務時間が8時間を超えている場合は、やはり未払残業代を請求されるリスクは高いと考えられます。特に大勢の社員が勤務していながら、誰も残業が一時間もないということのほうが不自然です。上司の許可がない点については、会社の慣習上許可のない残業が常態化していたと解釈される可能性があり、また、残業時間については請求する社員がパソコンや携帯などに記録を残している可能性もあります。従って、このような規則や運用をしている会社こそ未払残業代支払請求がなされるリスクが高いと考えられます。

労働基準監督署からの改善命令

退職した社員については直ちに法律事務所に相談に行き、直ちに未払残業代の支払請求訴訟を提起してくることがあります。これに対して現役の従業員の場合は、労働基準監督署に相談に行き、労働基準監督署から会社に対する立入調査や是正勧告がなされることがあります。この場合、全ての従業員に対する未払残業代の有無を確認し、未払部分については全従業員に対して支払いを行い、その結果を労働基準監督署に報告しなければならないことになります。労働基準監督者の調査はある程度疑いがある場合に行われるものであり、会社としては無視することは極めて危険と考えられます。労働基準監督署からの問い合わせについては毅然とした態度で対応しつつも、事実関係をしっかり説明する必要があります。しかしながら、労働基準監督署に説明する事実が持つ法的意味合いを理解しないまま説明した場合は会社が思わぬ不利益(ちょっとした説明の差により数千万円の差が出てくる)を被ってしまう可能性があります。当事務所が関与した事例でも、労働基準監督署も会社(社会保険労務士)の側も、各事実の持つ意味合い(会社にとって有利な事実なのか不利な事実なのか)を全く理解しないままに議論していたことが多くありました。また、労働基準監督署の介入がなされている場合は、ある程度の落としどころを考えて、法令順守体制の構築についての説明も必要となります。栗林総合法律事務所は、顧問先企業に対して労働基準監督署からの調査があった場合、顧問先企業を代理して労働基準監督署と協議し、問題解決を支援いたします。

証拠保全申し立てへの対応

弁護士が代理して未払残業代の支払請求をしてくる場合は、タイムカードや出勤簿、日報などについての証拠保全の申し立てがなされてくることが多くあります。証拠保全は裁判所の手続きですので、裁判官が同席して検証や書面の開示請求が行われます。証拠保全には密行性の原則がありますので、相手方である会社に対して事前に反論の機会は与えられないまま証拠保全を行うかどうかの決定がなされます。証拠保全については相手方による証拠の隠ぺいを回避するため、通常送達がなされた当日などに検証がなされます。検証の中では、各書類について写真撮影が行われ、その記録は後日裁判の中で証拠として提出されることになります。証拠保全の場合も、当日裁判官に説明することで、会社の秘密情報などは開示の対象外とすることは可能ですし、十分に準備ができない書類については後日提出するということで了解されることもあります。通常の会社の場合、証拠保全はあまり経験がないと思いますので、裁判所から証拠保全の連絡がきた場合には当事務所にお問合せください。当事務所では、証拠保全への立会いや裁判官との協議交渉を行います。

付加金の請求(労働基準法114条)

労働基準法114条では、裁判所は、未払賃金の支払請求がある場合、未払賃金と同一額の付加金の支払いを命ずることができるとされています。すなわち、未払残業代も未払賃金の一部ですので、付加金の請求が可能です。但し、付加金が認められるかどうかは、裁判所の裁量によることになっています。未払いに至った事情や交渉の経過を踏まえ、会社の側の違法性が強いとみられる場合に始めて付加金が認められることになります。また、賦課金は違反のあったとき(未払いが生じたとき)から2年以内に請求しなければならないとされています。支払い請求が遅くなった場合は、その分だけ付加金の金額も少なくなります。

未払残業代の時効期間

労働基準法115条では、賃金の時効期間は2年間とされ、退職金の時効期間は5年間とされていました。これは未払賃金の有無については、時間の経過とともに判定が難しくなってしまいますので、民法174条1項1号において通常の場合よりも短い短期時効(1年)を定めていたところ、労働者保護を図るため労働基準法で2年の時効期間としたものです。2年間の時効期間の開始時期は、本来の賃金の支払い時期になります。従って、2020年1月分の給料(2020年1月末に給与の支払い請求ができる)については、2022年1月末までに請求しなければならないことになっていました。これに対し労働基準法115条が改正されたことにより、2020年4月からは、残業代請求権の時効期間は3年となりました。従って、2020年4月分からの未払い残業代については、3年の時効期間になりましたので、その間に裁判所に請求する必要があります。会社の側からすれば、未払残業代の支払請求が認められた場合の支払額が大きくなってしまいますので、より慎重に対応していくことが必要になります。

時効の中断

未払残業代の支払請求を弁護士に委任した場合、弁護士から会社に対して未払残業代の支払いを求める内容証明郵便が出されることになります。これは、法律上は支払残業代の支払請求を行う催告という効果があり、時効の中断事由にあたることになります。従って、従業員の側は、訴訟提起の時から過去に遡って2年(2020年4月からは3年)前までの残業代の支払い請求ができるのではなく、内容証明郵便が会社に届いた時から過去に遡って2年(又は3年)前までの残業代の支払い請求ができることになります。従業員の立場からは、弁護士に依頼して早めに内容証明郵便を出してもらうことはその分だけ多く未払残業代の支払いを受けることができるということになります。但し、実際の裁判になった場合は、時効中断の効果が生じていたかどうかが争われることも多くあります。

協議交渉による解決

未払残業代の請求があった場合、裁判外での話し合いによる解決ができる場合は、お互いにとって費用的にも最も好ましいと考えられます。栗林総合法律事務所は、会社を代理して未払残業代の支払請求に対応いたします。

労働審判・訴訟

従業員の側から労働審判や未払残業代支払請求訴訟が提起された場合は、訴訟への対応を行わざるを得ません。通常原告はできるだけ大きな金額の請求を行ってきますので、原告の請求のうち明らかに根拠のないものは外していき、最後に本当の残業代に該当するものはどれでいくらの時間になるのかを証拠と照らし合わせながらしっかり確認していく作業が必要となります。特に労働審判については、1回目の審判期日までに証拠をできるだけ多く提出する必要がありますので、迅速にかつ集中的に審理の対応の準備を進めていく必要があります。

残業代が給料に含まれている場合(定額残業手当)の未払残業代の有無

雇用契約書や就業規則により一定時間の残業代が給料に含まれている場合、その時間についての残業代の支払い請求を行うことができないのが原則です。しかしながら、給与に含まれているというためには、基本給に当たる部分と残業代に当たる部分を明確に区別し、給与明細にもその旨を規定しておく必要があります。また、一定の時間を給料に含めているといってもその時間を超えた部分についてはやはり残業代の支払いが必要となりますので、労働時間管理をしっかり行っておく必要があります。また、給与に含めることのできる残業時間は、おおむね月40時間までですので、これを超える時間を給与に含めているとの契約は無効とされる可能性があります。

管理監督者についての適用除外

労働基準法41条では、管理監督者の地位にある者については、労働時間、休憩、休日に関する規定は適用にならないと定めており、管理監督者の地位にある者は未払残業代の支払請求を行うことができません。そこで、実際の裁判においては管理監督者に該当するかどうかが争われることが多くあります。管理監督者に当たるためには、①管理監督者にふさわしい重要な職務と権限が与えられていること、②出退勤など時間管理についての管理を受けていないこと、③その地位にふさわしい賃金が与えられていること、が必要とされています。管理監督者と言えるためには、経営者と一体となって会社の運営に関与し、労務命令上の指揮監督権限を有していることが必要と考えられます。また、労働時間については自由裁量があることが必要です。マクドナルドのようなチェーン店の店長については、管理監督者にあたる場合とあたらない場合があると言えます。通常の会社における部長職の者については、管理監督者と言えることが多いと思いますが、課長職については管理監督者と考えられることが多いものの、そうでないとの判断もあり得ると思われます。

個人事業主(外部受託者)による未払残業代支払い請求

会社の業務を受託して請け負っている個人事業主は、会社の従業員には該当しませんので、未払残業代の支払請求もできないことになります。毎日会社に来ており、他の社員と同様の業務を行っている場合であっても、個人事業主としての契約を有している限り残業代の支払い請求は難しいと考えられます。デザイナーや税理士などでこのような立場の人は多くいると思われます。車両持ち込みのトラック運転手(一人親方)の場合も、業務委託による自営業者となります。これに対して、車両の持ち込みを行っていない運転手については、契約の形態如何に拘わらず(契約書のタイトルが雇用契約書ではなく業務委託契約書となっている場合であっても)、自営業者ではなく従業員であると判断されることも多いと思われます。トラック運転手の一人親方が個人事業種に当たるか従業員に当たるかについては、最高裁判所の判例がありますので、参考にしてください。

裁量労働制の場合

労働基準法では、一定の専門業務については、裁量労働制を適用することができ、実際にどれだけ労働したかに拘わらず、労使間で合意した時間分を勤務したものとみなすことができるとされています。この専門業務型裁量労働制については、対象となる業務、職務遂行の手段や方法、みなし労働時間などを労使で協議し合意の上労働基準監督署に届け出ておくことが必要となります。この職種に含まれる者については、みなし労働時間の範囲内とみなされる時間について残業代の支払請求を行うことができません。

出来高払制の場合の未払残業代支払い請求

出来高払いの労働者については、実際に行われた労働時間に拘わらず、出来高に応じて一日当たり何万円という形で給料が支給されることになります。この場合、時間当たりの報酬は、実際に働いた時間で報酬を割ることで算出されることになり、労働者は未払い残業代の支払い請求権は有しないことになります。但し、割増賃金の部分(8時間を超えた部分の時間単価の1.25ではなく、0.25の部分)については、未払いであるとして請求できる可能性もあります。

会社が有する不法行為損害賠償請求権

会社が労働者に対して不法行為損害賠償請求権や貸付金債権を有する場合、会社の側から未払残業代(受働債権)と不法行為損害賠償請求権や貸付債権(自働債権)を相殺することはできませんが、会社の側としては訴訟において反訴を提起し、未払残業代支払請求訴訟と損害賠償支払請求訴訟を併合して審理してもらうことは可能です。

未払残業代計算ソフト

未払残業代支払い請求がなされた場合、本当に未払残業代があるのかどうか、仮に未払残業代があるとしていくらになるかをきちんと計算することが重要になります。原告(従業員の代理人)からは、未払残業代計算ソフトを使った様式による請求がなされることが多いと思われますが、会社の側では未払残業代の有無を含めてその請求を争うのであれば、未払残業代計算ソフトを使わずに、エクセルなどにより独自に計算するのが相当と考えられます。会社側と従業員側では、労働時間の考え方などについても立場が異なるからです。

未払残業代支払請求への対応

上記のように未払残業支払請求がなされた場合には、労働基準法のあらゆる条文の解釈が必要となり、会社の実態に応じて様々な除外事由があることを説明する必要がありますので、労務に習熟した弁護士でないと対応が難しい面があります。栗林総合法律事務所は労働審判や労務関連訴訟を多く扱った経験がありますので、貴社にとってどのような対応が考えられるのかを幅広くご提案させていただきます。また、未払残業代の支払請求を防ぐためには普段から制度上も事実上も未払い残業代が生じない仕組みをしっかり作っておく必要があります。未払残業代支払請求訴訟への対応については栗林総合法律事務所にお問合せください。

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