詐害行為取消請求訴訟による債権回収
事案の概要
当事務所の顧問先がレストランに食料品の納品をしていたところ、レストランの運営会社が資金繰りに行き詰まり、会社分割の方法で別会社を設立して、レストラン事業を別会社に移しました。当事務所は顧問先からの相談があり、このような会社分割の方法は詐害行為に該当するので、裁判所に対して、詐害行為取消請求訴訟を提起することを提案しました。
債務者による財産処分・隠匿行為
債務者が債務の支払いが困難になった場合に、債務者の財産を処分したり、隠匿したりして、債権者の権利行使が妨げられることがあります。例えば、レストランを経営する会社が債務超過に陥り、債務の返済が困難となったときに、そのレストラン事業を別の会社に譲渡する場合が典型です。財産を移転させる方法としては、営業譲渡の場合、店舗の賃貸人の個別同意が必要になったりしますので、取引相手の個別同意を必要としない会社分割の方法が用いられることがあります。また、債務者であるレストランオーナーが自己の所有する別会社に資産を移転した場合、後日債権者から問題とされる可能性がありますので、奥様と離婚し、奥様への財産分与の形をとって資産を移転することもあります。財産分与は身分行為ではなく財産行為ですので、離婚に伴う資産の移転であっても、詐害行為となる可能性があります。
強制執行妨害目的財産損壊等の罪
刑法96条の2では、強制執行を受けるべき財産を隠匿したり(刑法96条の2第1項)、金銭執行を受けるべき財産について、無償その他の不利益な条件で、譲渡をし、又は権利の設定をする行為については強制執行妨害目的財産損壊等の罪に当たり、3年以下の懲役又は250万円以下の罰金に処するとされています。債務者が支払い能力のない段階で、強制執行を免れるために財産を処分したり隠匿したりする場合には、刑事罰の対象となると考えられます。しかしながら、仮に債務者に対して刑事罰がなされたとしても、債権者としては債権の回収が図れるわけではありません。債権者は、詐害行為取り消し訴訟を提起し、債務者による財産処分や財産の移転行為を取り消す(最初からなかったことにする)必要があります。
詐害行為取り消し請求
平成29年の民法改正により詐害行為取り消し請求もいくつかのパターンに類型化されました。もっとも典型的なものは、「債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取り消しを裁判所に請求することができる」とするものです(民法424条1項)。但し、詐害行為取り消しが認められるためには、その行為によって利益を受けた者がその行為の時において債権者を害することを知っていたことが必要とされています。典型的な例は、債権者が資産を安い値段で処分したり、第三者に贈与したりする場合です。営業譲渡や会社分割の方法により別会社に資産を移転することもこれに該当します。
譲受会社に対する債務の支払い請求
当事務所の顧問先が取引相手のレストランに1000万円の売掛債権を有していました。取引先のレストランの運営会社は、債務超過の状況に陥ったことから、会社分割の手続きをとり、会社の運営に関する権利の全てを別会社に移転し、お店については従前と同じ名前で運営していました。お店の外見上は全く異ならないにもかかわらず、経営だけが別会社に移行したものです。依頼者から当法律事務所に相談があった中で、事業の譲受会社は、「譲渡会社の商号を使用した譲受会社の責任」(商法22条1項)、「詐害事業譲渡に係る譲受会社に対する債務の履行請求」(商法23条の2第1項)により当事務所の顧問先に対して債務の支払い義務を負うと判断されました。しかしながら、譲受会社による資産の譲受を前提に資産の譲受会社に対して債務の支払い請求を行うのではなく、債務超過の状況下で、債務の支払いを免れるために会社分割の方法によって資産を移転した行為自体が問題であるとして、かかる会社分割自体を取り消す必要があるとの判断により、資産の譲受会社に対して詐害行為取り消し請求訴訟を提起することになりました。
裁判上の和解
債務者は債務超過の状況下で資産の移転を行ったことを自ら知っていますので、自己の行為が違法なものであることを認識していたことになります。もし詐害行為取り消し請求訴訟が提起されたことが知られると、他の債権者からも訴訟提起がなされるのではないかと危惧していました。債務者としては、当方の依頼者に全額支払うことになったとしても、できるだけ早期に訴訟を終結したいとの要望があったようです。そこで、債務者からは、裁判期日において、私共の依頼者が有する債権の全額を支払う旨の和解の提案がありました。その結果訴訟上の和解が成立し、私どもの顧問先である依頼者は債権の100%の回収に成功することができました。
相当の対価を得てした財産の処分行為の特則
債務者がその有する財産を処分する行為をした場合において、受益者から相当の対価を取得しているときは、債権者は、次の要件のすべてを満たす場合に限り詐害行為取消請求を行うことができるとされています(民法424条の2)。
① その行為が、不動産の金銭への換価その他の当該処分による財産の種類の変更により、債務者において隠匿、無償の供与その他の債権者を害することとなる処分をするおそれを現に生じさせるものであること
② 債務者が、その行為の当時、対価として取得した金銭その他の財産について、隠匿等の処分をする意思を有していたこと
③ 受益者が、その行為の当時、債務者が隠匿等の処分をする意思を有していたことを知っていたこと
民法424条の2は、従前の判例法理を法律上も明確化したものです。債務者が債務超過や支払い不能の状況下で不動産の処分をした場合、本来であれば債権者の債権の引当となる不動産が流動化され隠匿消費しやすい現金になってしまいますので、譲受人の悪意など一定の要件のもとに詐害行為取り消しの対象となることを認めたものです。従って、「相当の対価を取得しているとき」というのは、譲渡対象資産の時価と同じ額の場合も該当することになります。「譲受人の悪意」とは、譲渡対価が債務者によって隠匿されたり費消されたりすることを譲受人が知っていたということであり、譲受対価が債権者への債務の弁済にあてられたり、事業の運営に使われたような場合には、譲受人の悪意には該当しないことになります。
特定の債権者に対する担保の供与等の特則
債務者が既存の債務についての担保の供与又は債務の消滅に関する行為については、次の要件に該当する場合は、債権者は詐害行為取り消し請求をすることができるとされています(民法424条の3)。
① その行為が、債務者の支払い不能の時に行われたこと
② その行為が、債務者と受益者が通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものであること
この条文も従前の判例法理を明文化したものですが、債務者が支払い不能に陥っている場合には、債務の弁済や担保提供も詐害行為取り消しの対象となります。債務の弁済を受けたものや担保の提供を受けたものとしては、債務者が支払い不能になっている状況で一生懸命に債権回収したのに、その行為を取り消されるのは納得がいかないということもあります。そこで、債務者と受益者との間に通謀があり、他の債権者を害する意図を持っていた場合に限り取り消しができるとされています。
過大な代物弁済等の特則
債務者がした債務の消滅に関する行為であって、受益者の受けた給付の価額がその行為によって消滅した債務の額より過大であるものについて、一定の要件のもとに、その消滅した債務の額に相当する部分以外の部分について、詐害行為取り消し請求をすることができるとされています(民法424条の4)。例えば1億円の債権を有する債権者に対して3億円の事業または不動産を代物弁済として交付した場合、債権の額を超える2億円部分について詐害行為取り消し請求を行うことができるということになります。当事務所が扱った案件でも、ある会社のコンサルタントが会社の資金2000万円を預かっていたところ、会社の倒産間際にその資金全額をコンサルタントの報酬と相殺したと主張する事例がありました。当事務所では破産管財人として当該弁済を否認し、コンサルタントに対する否認訴訟を提起することで、預かり金の大部分を破産財団に返還させることに成功しました。
転得者に対する詐害行為取り消し請求
債権者は、受益者に対して詐害行為取消請求をすることができる場合において、受益者に移転した財産を転得した者があるときは、次の要件に応じて転得者に対しても詐害行為取り消し請求をすることができるとされています(民法424条の5)。
① その転得者が受益者から転得した場合で、転得の当時、債務者がした行為が債権者を害することを知っていたとき
② その転得者が他の転得者から転得した場合で、その転得者及びその前に転得した全ての転得者が、それぞれの転得当時、債務者がした行為が債権者を害することを知っていたとき
このように詐害行為取り消し請求は、債務者から資産の譲受をした受益者だけでなく、受益者からさらに資産の譲受をした転得者に対しても請求できる点で非常に強力な債権回収手段になります。
詐害行為取り消し権の期間制限
詐害行為取り消し請求に係る訴えは、債務者が債権者を害することを知って行為をしたことを債権者が知ってから2年を経過したときは訴訟提起ができないとされています。同様に行為の時から10年が経過した場合も訴訟提起はできなくなります(426条)。債権者としては、このような時間的制限があることも知っておくことが必要です。
債権回収行為においての詐害行為取り消し請求の活用
債権回収を行う場合に、債務者が十分な資産を有していないにもかかわらず、財産を処分してしまっていることが多くあります。債務者が自分の生活費や事業の運営のために、やむを得ず財産を処分したり、弁済期にある債権者に対して債務の弁済を行った場合(本旨弁済)についてまで、行為の取り消しを行うことはできません。一方で、債務者が会社の存続を図るためとして、債権者の了解なしに会社分割を行って資産を移転したり、奥様と離婚をすることで過大な財産分与をして会社の資産を流出させてしまうことは違法な行為と判断されることも多くあると思われます。債権者としては、詐害行為取り消し訴訟を活用して債権の回収を図る必要があります。詐害行為取り消し請求は債務者に対して行うだけでなく、債務者から資産の譲受を行った受益者や転得者に対しても行使することができます。債務者が十分な資産を有していない場合でも債権の回収を図る手段として極めて強力な効力を有することになります。
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