• 2023.09.01
  • 一般企業法務

少数株主からの株式買取請求

株式買取請求権とは

株式買取請求権とは、株主が株式発行会社に対し、自己の保有する株式を、公正な価格で買い取るように請求する権利をいいます。株主は、本来、会社に対して自己の株式を買い取るように請求することは認められていません。株主から会社への株式買取請求が常に認められると、会社の資本が流出し、会社の財産的基礎が脅かされる結果、会社債権者が不測の損害を負うおそれがあるからです。

そこで、株主に対して株式買取請求権を認めなければ、株主が著しく不利益を受けるおそれがある場合に限り、会社法は、例外的に、株主による株式買取請求権の行使を認めています。具体的には、会社が事業譲渡等をする場合、合併・会社分割・株式交換・株式移転・株式交付をする場合、株式併合をする場合、株式に譲渡制限を課す場合、株式に全部取得条項を付す場合、種類株主に損害を及ぼすおそれのある行為を行う場合、単元未満株主による請求の場合等には、一定の要件を満たすことを条件として、例外的に、少数株主による株式買取請求権の行使が認められています。

以下では、それぞれの場合における株式買取請求権の行使要件や、株式買取請求権の行使方法、買取価格の決定方法、交渉による任意売却の方法等について詳細に解説を行っております。

法律に基づく株式買取請求

事業譲渡等をする場合

会社が事業譲渡等(会社法468条1項)をする場合、事業譲渡等に反対する反対株主には株式買取請求権が認められています(会社法469条、470条)。事業譲渡等は、会社の基礎に根本的変更を生じさせる行為です。事業譲渡等を株主の多数決で行う場合に、反対株主に保有株式の公正な価格を受け取って会社から退出する機会を保障する趣旨で、株式買取請求権が認められています。

例外的に、事業の全部譲渡の際に、譲渡承認決議と同時に会社の解散を決議した場合には株式買取請求権が認められません(会社法469条1項1号)。また、簡易の事業譲受け(譲受の対価として交付する財産の帳簿価格が譲受会社の純資産額の5分の1(定款でそれをした回る割合を定めた場合はその割合)を超えない事業譲受け)の場合、譲受会社の既存株主に与える影響は軽微であるため、例外的に株式買取請求権は認められません(会社法469条1項2号)。

合併、会社分割、株式交換、株式移転、株式交付をする場合

合併や会社分割等の組織再編は、前述の事業譲渡等を同じく、会社そのものに本質的かつ重大な変更を生じさせる行為です。例えば、吸収合併であれば吸収合併消滅会社(吸収される側の会社)は吸収合併存続会社(吸収する側の会社)に吸収され消滅してしまいます。組織再編それ自体は株主の多数決で行えますが、それまでの吸収合併消滅会社の株主の中には、吸収合併に反対している少数派の株主もいるかもしれません。

そこで、組織再編に反対する株主に対しては、保有している株式を公正な価格で会社に買い取ってもらい会社から退出する機会を確保・保障するために、株式買取請求権が認められています(会社法785条1項、797条1項、806条1項、816条の6第1項本文。組織再編における株式買取請求権の趣旨につき、最高裁決定平成23年4月19日)。

もっとも、このような組織再編においても、例外的に株式買取請求権が認められない2つのパターンがあります。1つ目が、株主が受け取る合併対価が「持分等」である場合です。この場合、全ての株主の同意が無ければ組織再編を進められません(会社法783条2項、804条2項)ので、組織再編行う決議をするということは、必然的に反対株主が存在しないことになります。そのため、株式買取請求権が行使されることはありません。2つ目が、簡易組織再編に該当する場合です。簡易組織再編に該当するということは、組織再編の当事会社の規模からみると株主に与える影響が軽微であるということになりますので、株主には株式買取請求権が認められていません(会社法785条1項2号、797条1項ただし書、806条1項2号、816条の6第1項ただし書)。組織再編により交付される対価の額が当該会社の純資産額の2割以下の場合や承継会社また設立会社に承継させる資産の額が純資産の2割以下の場合等が簡易組織再編に該当します(会社法796条2項、816条の4第1項、784条2項、805条)。

株式の併合をする場合

株式の併合とは、複数の株式を合体させることです(会社法180条)。株式の併合は、投資単位の整理のために行われることもありますが、昨今はキャッシュ・アウト(少数派株主の追い出し)の目的で行われるケースが多いです。

株式の併合において、併合割合を大きくして株主の保有株式を1株未満にすることができます。例えば、それまでの100株をもって1株とする株式併合を行うと、99株以下の株主は、併合後は1株未満の端数株主となります。そして、会社は、端数株主に対し現金を交付し端数株を買い取ることで、少数派株主を会社から追い出すことができます。これが株式の併合によるキャッシュ・アウトの手法です。

このように、株式の併合は株主の利益や株主として地位に大きな影響を与える手続きのため、株主を保護するために株式併合に反対する株主に対しては株式買取請求権が認められています(会社法182条の4)。株式の併合に反対する株主は、会社に対して自分が保有している株式を公正な価格で買い取るよう請求できます。

株式に譲渡制限を課す場合

株式に譲渡制限を課すと、株式を譲渡するためには会社の承認が必要になります。(会社法107条1項1号、108条1項4号)。譲渡したいと思っても会社の承認が得られない場合は譲渡できなくなってしまいますし、仮に承認が得られたとしても、そのために手続には時間がかかってしまいますから、結果として株主は投下資本を回収できなくなる可能性が高くなります。

そこで、株主に投下資本回収の機会を確保・保障して株主の利益を保護するため、株式に譲渡制限を課すことに反対する株主には株式買取請求権が認められています(会社法116条1項1号・2号)。なお、ほとんどの中小企業では会社設立時の原始定款において既に譲渡制限が課されているので、中小企業において本条に基づく株式買取請求権が行使されることはあまり多くありません。

株式に全部取得条項を付す場合

全部取得条項とは、会社が株主総会の決議によって当該株式の全部を取得する旨の定めをいいます(会社法108条1項7号)。全部取得条項が付された株式は全部取得条項付種類株式と呼ばれます(会社法171条1項)。全部取得条項は会社の定款で定めることになります(会社法108条1項7号、同条2項7号、同条3項、会則20条1項7号)。全部取得条項付種類株式は、主にキャッシュ・アウトの手段として活用されています。

全部取得条項付種類株式を取得する株主総会の特別決議が為されると、当該決議に基づき会社が株主から株式を取得することになります(会社法171条、309条2項3号参照)。この決議では、株式の取得対価の内容・その額、取得日等の必要事項も合わせて決議する必要があります。決議された取得対価の内容やその数額に反対する株主は、自らの意思に反して株式を会社に譲渡する(株主としての地位を失う)ことになります。このように、株式に全部取得条項が付されると、株主には、株主総会で決議された取得対価で株式を譲渡しなければならなくなるリスクが発生します。

そこで、全部取得条項を付す時点で株主に投下資本回収の機会を保障するため、全部取得条項を付すことに反対する株主には株式買取請求権が認められています(会社法116条1項2号)。

種類株主に損害を及ぼすおそれのある行為を行う場合

株式の併合、株式無償割当て、単元株式数についての定款の変更、当該株式会社の株式を引き受ける者の募集(株主に割当てを受ける権利を与える場合)、当該株式会社の新株予約権を引き受ける者の募集(株主に割当てを受ける権利を与える場合)、新株予約権無償割当を行う場合であって、かつ、ある種類の株式を有する種類株主に損害を及ぼすおそれがあるときには、種類株主の利益を保護するため、これら会社の行為に反対する反対株主には株式買取請求権が認められています(会社法116条1項3号イ~へ)。なお、株式買取請求権が認められるのは、会社の定款でこれらの行為を行う際に種類株主総会の決議を要しない旨が定められている場合(会社法322条2項)に限られます(会社法116条1項3号)。

単元未満株主による株式買取請求

まず、単元株とは、一定数の株式を一単元とし、一単元以上の有する株主(単元株主)には株主として完全な権利を認めるが、一単元に満たない株式しか有さない株主(単元未満株主)に対しては限定された権利のみを認める制度です(会社法188条以下)。例えば、100株を一単元として定めれば、100株以上を有している株主は単元株主として完全な権利が認められますが、99株未満しか有さない株主は単元未満株主となり限定的な権利しか認められません。

単元未満株主には議決権がなく(会社法189条1項)、会社は単元未満株主に対して株主総会の招集通知を送付しなくてよくなる(会社法298条2項かっこ書、299条1項参照)など、会社から見ると単元株の導入により株主の管理コストを削減できます。逆にいえば、単元未満株主は議決権を行使できず株主総会招集通知も送付されませんから、会社の経営に参画できなくなってしまいます。株主提案権のように、議決権行使の前提となる権利も認められません(会社法303条参照)。単元株の制度は、上場会社の多くで採用されています。

このように、単元未満株主はその権利の大部分が制限され、かつ、権利が制限されているがゆえに買い手がつかず譲渡も困難となり投下資本の回収もできなくなるおそれが高いです。そこで、単元未満株主は、いつでも会社に対して自身が保有する単元未満株式の買取を請求できます(会社法192条)。単元株の導入に際しても、投下資本回収の機会が保障されています。

反対株主による株式買取請求権(組織再編を除く)を行使するための手続

反対株主になる

反対株主による株式買取請求権は、会社が行おうとする上記各行為に反対する株主(反対株主)が会社に対して行使できる権利(会社法116条1項)です(単元未満株主による株式買取請求を除きます。)。そのため、まずは「反対株主」となる必要があります。「反対株主」となるためには、①株主総会(種類株主総会も含みます)に先立って当該総会決議事項に反対する旨を会社に対して通知し、かつ、②当該株主総会で実際に反対の議決権行使を行う必要があります(会社法116条2項1号イ)。

①の手続が法定されている目的は、あまりに多くの株式買取請求権が行使されると、それだけ会社から株式を買い取る対価として現金が流出することになり会社の財政基盤が危うくなるリスクがあるため会社側に予測可能性を与えることにあります。なお、そもそも議決権を行使できない株主は、何らの手続をとることなく「反対株主」となれます(会社法116条2項1号ロ)。

株式買取請求権の行使

株式譲渡制限等の上記各行為の効力発生日の20日前から効力発生日の前日までに会社に対して株式買取請求権を行使します。このとき、行使する株式買取請求に係る株式の数(種類株式の場合は種類と種類ごとの数)を明示しなければなりません(会社法116条5項)。株券発行会社の場合は、株券の提出も必要になります(同条6項)。

ひとたび株式買取請求権を行使すると、その後は会社の同意を得ない限り撤回できません(同条7項)。買取請求権行使後に株価が上昇したら株式買取請求を撤回するといった株主による投機的行動を防止するためのルールです。

反対株主による株式買取請求による買取価格の決定方法

手続

株式買取請求権を行使した後の株式の買取価格は、原則としては株主と会社間の協議で決定します(会社法117条1項)。協議が整わない場合、株主または会社が裁判所へ申し立てることで、裁判所が決定することになります(同条2項)。反対株主としては、買取価格について公的機関である裁判所に判断してもらう機会を得られますから、株主総会で決議された買取価格に納得のいかない株主にとって株式買取請求権は投下資本回収のために有効な手段といえます。

当然ですが、株式買取請求権を行使した株主としては高額での買取を希望しますが、他方で、会社側としてはなるべく安く株式を買い取りたいと考えます。買取価格については、法律上は「公正な価格」となっていますが(会社法116条1項柱書)、この「公正な価格」が具体的に何円なのかを巡って株主と会社とが対立するケースが多いです。

上場株式の価格決定方法

上場会社の場合、株式には市場価格が存在しますから、市場価格を参考に株式の買取価格を決定する(株式を評価)するケースが多いです。裁判所も、「市場株価が企業の客観的価値を反映していないことをうかがわせる事情」がある例外的な場合を除き、市場価格が存在する場合は原則としてそれによって株式評価を行うことが合理的との考え方を示しています(最高裁決定平成23年4月19日)。

非上場株式の価格決定方法

非上場株式の場合、市場価格は存在しませんから、株式評価の基となるデータがありません。市場価格に頼らず株式評価を行うほかありません。非上場株式の株式評価の手法はいくつかあります。主流な評価手法として、DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法)があります。DCF法では、会社の将来の収益力を予測し、投資のリスクを反映させた一定の割引率で割り引いて会社の現存価値を算出し、現存価値から会社の負債額を控除して株式の価値を求めます。DCF法は、東京高裁決定平成22年5月24日や東京高裁決定平成28年9月14日など、裁判例でも実際に用いられている株式評価の手法です。

DCF法以外にも、株主に対して将来に支払われるであろう配当額を予測し、配当額を投資リスクを反映した割引率で割り引いて株式評価を行う配当還元法、1株当たりの会社の利益を一定の資本還元率で割ることで株式評価を行う収益還元法、評価対象会社と事業内容等で類似する上場会社の株式の1株当たりの純利益や純資産額等の数値の何倍であるかを算出し、算出した倍率をもとに評価対象会社に当てはめて株式評価を行う類似会社比準法、評価対象会社の1株当たりの純資産額によって株式の価格とする純資産額法といった株式評価の手法があります。

このように、株式評価の手法にいくつかの種類がありますが、裁判例の中にはいくつかの手法を組み合わせて株式評価を行ったものもあります(福岡高裁決定平成21年5月15日、東京地裁決定平成26年9月26日、大阪地裁決定平成25年1月31日等)。どの評価手法が正しいのかは定まっていませんが、実務ではDCF法で評価するケースが多いです。

少数派ディスカウント

価格決定の交渉や裁判手続において、反対株主は少数派であり不利益を受けやすいため、そのリスク分をディスカウント(割り引く)するべきという主張がされることがあります。たしかに、株式会社は頭数ではなく株式数による多数決で意思決定を行います(資本多数決制度)から、少数派の株主は自らの意思が会社経営に必ずしも反映されるとはいえません。そのリスクを株式買取価格にも反映すべき、という考え方が少数派ディスカウントです。しかし、裁判例では、少数派ディスカウントを採用することは否定されています(東京高裁決定平成22年5月24日)。

非流動性ディスカウント

非上場株式は、譲渡制限が課されていたり、そもそも売買の市場がなかったりと、株主が売りたいと思ったときに売れません。そのため、このような株式は“流動性がない”ため資本回収の見込みが無いことから、それをリスクとして株式評価に反映させて価格を割り引くべきという考え方があります。これを非流動性ディスカウントといいます。裁判所は、株式買取請求権の趣旨は反対株主に「公正な価格」での買取を保障することにあるとして非流動性ディスカウントを否定しています(最高裁決定平成27年3月26日)。

もっとも、最近の判例では、DCF法により算定された譲渡制限株式の評価額から非流動性ディスカウントを行うことができるとされました(最高裁決定令和5年5月24日)。この判例で問題になったのは株式買取請求権ではなく譲渡制限株式の売買価格の決定手続(会社法144条2項)ですが、今後、株式買取請求権においても裁判所の取扱いが変わり非流動性ディスカウントが認められる可能性は否定できません。

組織再編による株式買取請求権を行使するための手続き

組織再編(事業譲渡等を含みます)による株式買取請求権においても、効力発生日や通知・公告の日から20日以内に買取請求権を行使する必要があります(承継型組織再編・株式交付につき会社法785条5項、797条5項、816条の6第6項、新設型組織再編につき会社法806条5項、事業譲渡等につき会社法469条3項)。ひとたび買取請求権を行使した後は、会社の承認を得ない限り撤回できない点も同じです(会社法785条7項、797条7項、806条3項・4項、816条の6第3項・4項、469条7項)。

組織再編による株式買取請求権による買取価格の決定方法

基本的な考え方

組織再編においても、株主・会社間での協議が成立しない場合は当事者の申立てにより裁判所が「公正な価格」を決定します(会社法786条、798条、807条、816条の7、470条2項)。なお、株式の価値は日々刻々と変動するためどの時点の「公正な価格」を買取価格とするかの時的要素も問題になりますが、判例は、組織再編の場合は、反対株主が株式買取請求権を行使した日を基準日としています(最高裁判決平成23年4月19日)。株式買取請求権の行使により株式の売買契約が成立したのと同じ法律関係が生じるためです。

組織再編における株式買取請求の対価が「公正な価格」と定められた趣旨は、組織再編によるシナジー等により企業価値が増加する場合は反対株主に対しても増加した企業価値分も含めて投下資本を回収できるようにする点にあります。そのため、基本的には、組織再編における株式買取請求の対価としての「公正な価格」は、組織再編により企業価値が増加する場合は、組織再編が公正に行われそれにより増加分が組織再編の各当事会社の株主に分配されたとすれば基準日において株式が有する価値をいいます(最高裁決定平成24年2月29日)。他方で、組織再編によっても企業価値が増加しない場合は、基準日における、当該組織再編を承認する株主総会決議がなかったならば当該株式が有していたであろう価格(旧商法の名残から、「ナカリセバ価格」と呼ばれます。)をもって「公正な価格」とされます(最高裁決定平成23年4月19日)。このように、価格決定に当たっては、組織再編によって企業価値が増加するか否かが、大きな分水嶺となります。

企業価値が増加したか否かの判断

上記のように、企業価値が増加しているかがポイントになりますが、企業価値が増加したか否かの判断は非常に難しいです。裁判所が全て判断するとなると、価格決定の予測可能性が害され、結果として組織再編(M&A)が委縮してしまいます。また、経済やビジネスの専門家ではない裁判所に企業価値の判断を委ねることの妥当性にも疑問が残ります。

そこで、判例は、組織再編の当事者間に資本関係や利害関係等がなく独立した当事者間での組織再編の場合は、当事者自身(取締役や株主)の判断を原則として尊重する傾向にあります(最高裁決定平成24年2月29日)。当事者が独立関係にあるとはいえない場合(ex親子会社間のM&A、MBO)は、利益相反のおそれがあるため恣意的に当事者の一方に不利な条件で組織再編が行われてしまうおそれがあります。そこで、公平性を確保するため、社外役員や外部の専門家で構成される特別委員会(第三委員会、独立委員会)による審査を行う、中立的な株価算定機関が作成する株価算定書に基づき取引の条件を決定する措置(公正性担保措置、利益相反排除措置)をとるといった対応が為されるケースが多いです。

交渉による任意売却(法律によらない株式買取請求)

交渉による任意売却とは

ここまで説明してきたような法律上の株式買取請求権によらず、株主同士または株主・会社間で株式の売買交渉をすることも可能です。裁判と違い公になりにくいためイメージがつきにくいかもしれませんが、当事者間の交渉による任意売却は実務では多く行われています。M&Aの手法として株式譲渡がとられれば株式の買取価格が交渉で決定されますし、経営の閉鎖性を重視する中小企業において役員兼株主同士で仲違いが発生した場合には株式を買い取って会社から退出してもらうために株式買取の交渉が行われます。また、上場していない会社の株式を相続等により取得した人にとっては、非上場株式からは配当を得られず、かつ、経営に関与する意欲も無いにも関わらず相続税を負担しなければならなくなるため売却したいと考えるケースが多いですが、証券取引所の市場に公開されていないため買い手が見つかりません。そこで、株式の相続人が会社に対して任意売却するために交渉を行うこともよく行われます。

当事者同士の自由意思により任意で売却が行われる以上、当事者のいずれにも購入する義務・売却する義務はありませんから、交渉がまとまらない可能性も否定できません。交渉がまとまらない場合になお売却を希望する場合は法律に基づく株式買取請求権を行使することになります。

交渉による任意売却のメリット

上記で説明してきたとおり、法律上の株式買取請求権を行使するためには法律で定められた手続きをとる必要があります。手続きをとるためには専門知識が必要ですし、手続きのための時間や労力も必要になります。いざ株式買取請求権を行使しても、買取価格の折り合いがつかない場合は裁判所に価格決定を申し立てなければならず、これにも専門知識、労力、費用が必要です。そして、申し立ててから裁判所が価格を決定して実際に株式が買い取られるまでには時間がかかりますから、株式を買い取ってほしいと思った時点から大きなタイムラグが発生することになります。

他方で、法律上の手続きによらない交渉による任意売却であれば、法定の手続きが不要ですし、裁判所の関与も不要なので時間・費用・労力を大幅に削減できます。当事者間で合意が成立しさえすれば直ちに株式を買い取ってもらえる(買主側からみれば買収できる)点は、交渉による任意売却の大きなメリットです。

また、任意交渉では、買取価格等の条件のみならず、誰に売却するかも自由に決定できます。後述するように、交渉による任意売却が行われることが多いのは非上場の中小企業です。非上場株式は市場に上場しておらず買い手が見つかりにくいですから、売却を持ちかける交渉相手は必然的に会社となってしまう可能性が非常に高いです。もっとも、国内外には非上場会社の株式を専門的に投資対象として扱っている投資家や事業者も存在します。特に、上場していない企業の非公開株式はプライベートエクイティ(PE)と呼ばれ、非上場企業の株式を取得して投資を行うことをプライベートエクイティ投資(PE投資)といいます。PE投資の目的は、投資対象の企業を成長させて将来的に株式を売却することで得ることにあります。PE投資を行っている投資家や事業者を見つけることができれば、高額で株式を売却できる可能性があります。このように、売却する相手を自ら決定できる点も、任意交渉のメリットです。

交渉による任意売却のデメリット

交渉による任意売却は、株式買取価格が当事者間の交渉、すなわち自由意思で決定されます。良くも悪くも、買取価格は当事者が自由に決められます。そのため、専門知識や交渉力に差がある場合、一方に不利な条件で株式が譲渡されるリスクがあります。法律に基づく株式買取請求権を行使すれば、買取価格に納得がいかなければ裁判所に価格決定を申し立てることで裁判所が価格を決定してくれますが、交渉による任意売却では裁判所の関与はありません。また、裁判所に自らが主張する買取価格を認めさせるためには説得的な主張とそれを裏付ける証拠が必要になりますから、いずれにせよ一定の専門知識は必要となります。頼れるのは自分自身のみです。もっとも、専門知識と交渉力のある弁護士に交渉を委任することで、交渉を有利に進められます。

交渉による任意売却のポイント

上場会社の株式は、株式市場で自由に売買ができますので、当事者同士の交渉で任意に売却するといったことは多くありません。そのため、交渉による任意売却が行われるのは、多くの場合が上場していない会社、株式に譲渡制限を課している会社(非公開会社)、同族会社といった中小企業の株式です。

中小企業の株式の買取価格は、相続税評価額が基準となるケースがままあります。もっとも、相続税評価額は、株式の適切か価格と合致するとは限りませんから、安易に相続税評価額を買取価格とすることは妥当とは言い難いです。なお、買取価格が株式の時価よりも著しく低額な場合、購入する側に贈与税の負担が生じる可能性がありますので注意が必要です。税務リスクの観点からしても、買取価格は慎重に決定する必要があるといえます。

株式の買取価格が合意できたら、契約書を作成します。後になって買取価格や代金の支払方法を巡ってトラブルになることを防ぐ趣旨です。実際にトラブルになってしまった場合でも契約書を作成しておけば契約書が有力な証拠となるためトラブルを迅速に解決しやすくなります。

また、中小企業の多くは、株式の譲渡に当たって会社(株主総会や取締役会)の承認を必要とする旨が定款で定められています(譲渡制限を付されている株式の譲渡につき会社法107条1項1号、108条1項4号)。そのため、会社側でも株主総会決議や取締役会決議といった所定の手続が必要になります。

以上

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