• 2022.07.15
  • 一般企業法務

取締役の損害賠償責任とその制限・免除―令和元年会社法改正対応―

※当コラムは「取締役の責任免除」を2022年7月15日に改訂したものとなります。

令和4年7月13日、東電の旧経営陣に巨額賠償命令

概要

東京電力福島第1原子力発電所事故により東電に巨額の損害が発生したことから、東電の株主が旧経営陣5人に対して取締役としての責任を問い、提起していた株主代表訴訟で、東京地裁は令和4年7月13日、当該旧経営陣5人のうち4人に、連帯して東電に対し13兆3210億円を支払うよう命じる判決を下しました。本判決で命じられた賠償額は、日本の民事裁判において過去最高の賠償額とみられるようです。

※取締役をはじめとする役員等(「役員等」とは、取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人のことをいいます。)の会社に対する損害賠償責任は、本来、損害を被った会社が原告となって訴訟提起するものです(本コラム「4役員等の損害賠償責任」をご参照ください)。しかし、会社を代表する者も役員等であることから、役員等との間で馴れ合いが生じ、任務を怠った役員等に対する責任追及がなされないおそれがあります。そこで、ある一定の条件を満たした株主には、会社に代わって役員等の会社に対する責任を追及する訴えを提起することが認められています。これを株主代表訴訟といいます。株主代表訴訟に関して関心がある方は、当事務所コラム「代表訴訟」をご覧ください。

争点

東電の株主が旧経営陣5人に対して提起した本件株主代表訴訟では、当該旧経営陣が津波対策を講じる指示を出していなかったことが取締役の「任務を怠った」に該当するか争われ、巨大津波の予見が可能であったか、また、対策を講じることで事故結果を回避することが可能であったか(善管注意義務違反。詳しくは、本コラム「2取締役の善管注意義務」をご参照ください。)が主な争点となっていました。

判決内容―東電に対する取締役の善管注意義務

本判決では、原発の過酷事故が及ぼす危害の甚大さに鑑み、原子力事業を営む会社には、最新の科学的、専門技術的知見に基づいて過酷事故を防止すべき社会的、公益的な義務があるとされ、その取締役は、最新の科学的、専門的知見に基づき過酷事故の発生が想定される場合、事故を防ぐために必要な措置を講ずるよう指示すべき会社に対する善管注意義務を負うとの判断がなされました。

判決内容―「長期評価」の見解に基づく津波の予見可能性

本判決では、「長期評価」(2002年7年に国の地震調査研究推進本部が発表した地震予測。本地震予測によれば、福島沖でも大地震が起こり、最大15.7メートルの大津波が起こり得ることを示していた。)は、それを発表した地震調査研究推進本部が設置された目的や役割、また、地震や津波に関しての日本トップレベルの研究者が多く集められていたというメンバー構成などに照らせば、相応の科学的信頼性がある知見であったといえると判断されました。そして、特段の事情がない限り、原子力事業を営む取締役はこの知見に基づく対策を講じることが義務づけられると判断されました。

判決内容―取締役の任務懈怠

本判決では、旧経営陣が、①「長期評価」の見解について、信頼性や成熟性が不明であると判断し、➁長期評価の見解を踏まえた地震の取扱いについて土木学会に検討を委ね、その見解が示されれば速やかに津波対策を実施すると判断し、③土木学会の見解が示されるまでの間、津波対策を講じる指示をしなかった(あるいは、その判断を是認した)という事実認定がなされました。そして、旧経営陣の①の判断は、社内の専門部署の説明や意見に依拠したわけではなく、特段の事情がないにもかかわらず、相応の科学的信頼性がある知見と判断できる長期評価について独自の判断を行ったものとして著しく不合理であると評価され、➂の判断は、津波対策を先送りにしたもので、著しく不合理であると評価されました。そのため、本件旧経営陣は、最低限の津波対策を速やかに実施するよう指示すべき取締役としての善管注意義務があったのにこれを怠ったと判断されました。
取締役の善管注意義務違反による任務懈怠の判断においては、経営判断の原則(会社経営者の経営上の判断に関し、その裁量を広く認める考え方。詳しくは「5経営判断の原則」をご参照ください。)が働き、行為当時の状況に照らして経営判断の決定過程と内容に「著しく不合理な点がない限り」取締役の善管注意義務違反にはならないと考えられています。本判決では、「長期評価」に相応の科学的信頼性が認められるとし、その信頼性について不明と判断した取締役の決定過程や、土木学会の見解が示されるまでの間、津波対策を講じる指示をしないという決定内容を分析し、著しく不合理な点があるとして取締役の善管注意義務違反を認定したものと考えられます。

判決内容―取締役の任務懈怠と会社の損害の因果関係

本判決では、旧経営陣が、過酷事故が生じないための最低限の津波対策を速やかに指示すれば、担当部署は主要建屋や重要機器室の水密化を容易に着想して実施し得、当該水密化を実施した場合、重大事態を避けられた可能性は十分にあったとされ、水密化工事の完了期間に照らし、津波の襲来時までに措置を講じることができたと考えられる、本件旧経営陣(5人のうちの)4人については、その任務懈怠と事故による会社の損害との間に因果関係が認められると判断されました。

取締役に任務懈怠が認められるとしても、その任務懈怠と損害との間に相当因果関係がなければ、取締役は当該損害を賠償する責任を負いません。そのため、取締役が損害を賠償する責任を負うか否かについては、任務懈怠の有無のみならず、損害の発生、任務懈怠とその損害の因果関係を精査する必要があります。
取締役の責任の検討などにおいて、お困りごとがございましたら、お気軽に当事務所までご相談ください。

取締役の善管注意義務

株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任関係となり(会社法330条)、委任に関する民法の規定が適用になります。従って、株式会社の役員及び会計監査人は、会社に対して、民法の規定により善管注意義務を負うことになります(民法644条)。職務上の過失によって会社に損害を与えた場合は、善管注意義務違反として会社に対する損害賠償責任を負います。例えば、会社の金銭を十分な担保を取ることなく第三者に貸付け、回収不能となって会社に損害を与えた場合は、善管注意義務に違反したと考えられますので、当該貸し付けに賛成した取締役は会社に対して損害賠償責任を負うことになります。

取締役の忠実義務

取締役は、法令及び定款の定め並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のために忠実にその職務を行わなければならないとされています(会社法355条)。いわゆる忠実義務の規定です。会社の利益と個人の利益が相反する場合に、会社の利益を犠牲にして自分や第三者の利益を図ってはいけないという義務です。

役員等の損害賠償責任

役員等(取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人)は、その任務を怠ったときは会社に対して損害賠償責任を負うことになります(会社法423条1項)。取締役が善管注意義務や忠実義務に違反した場合は民法の規定により会社に対して損害賠償責任を負いますが、会社法の規定は任務の懈怠により役員が会社に対して責任を負うことを明確にしたものです。

経営判断の原則

株式会社の役員の責任を判断するについては、経営判断の原則(会社経営者の経営上の判断に関し、その裁量を広く認める考え方)が適用になります。経営判断が適切であったかどうかは、次の基準に基づき判断されます。

  1. 経営判断の事項について取締役が利害関係をもっていないこと
  2. 経営判断の事項について、当該状況の下で、適切であると合理的に取締役が信じる範囲で十分に情報を得ていること(経営判断決定の前提となる事実認識過程に著しく不合理な点がないこと)
  3. 当該経営判断は会社の利益になると取締役が理性的に信じたこと(事実認識に基づく意思決定の内容に著しく不合理な点がないこと)
  4. 法令違反の経営判断ではないこと

会社に対する損害賠償責任の免除

株式会社の役員等の会社に対する損害賠償責任については、総株主の同意によって免除することができます(会社法424条)。ある程度規模の小さな会社であれば、株主数も限られていますので、全株主から同意を得て責任を免除することもあると思われます。

責任の一部免除

役員等が職務執行について善意でかつ重過失のないときは、株主総会の特別決議により、最低責任限度額を超える額について責任を免除することができます(会社法425条1項)。この場合、取締役は、責任免除の決議を行う株主総会において、「責任の原因となった事実及び賠償の責任を負う額」、「免除することができる額の限度及びその算定の根拠」、「責任を免除すべき理由及び免除額」について説明をすることが必要です(会社法425条2項)。最低責任限度額は、ⅰ当該役員等の年間報酬額に役職に応じた係数を乗じた額に、ⅱ在職中に有利発行を受けた新株予約権に関する財産上の利益を合わせたものです。なお、役職に応じた係数は次のようになっています。

  1. 代表取締役・代表執行役 年間報酬額の6倍
  2. 代表取締役以外の業務執行取締役・代表執行役以外の執行役  年間報酬額の4倍
  3. その他の取締役、会計参与、監査役、会計監査人  年間報酬額の2倍

取締役等による免除に関する定款の定め

監査役設置会社などについては、当該役員等が職務を行うについて善意でかつ重大な過失がない場合は、責任の原因となった事実の内容、当該役員等の職務の執行の状況その他の事情を勘案して特に必要と認めるときは、最低責任限度額を超える部分について、取締役(当該責任を負う取締役を除く。)の過半数の同意(取締役会設置会社にあっては、取締役会の決議)によって免除することができる旨を定款で定めることができます(会社法426条1項)。この定款の定めに基づいて役員等の責任の一部免除を決定したときは、取締役は、遅滞なく、その内容(「責任の原因となった事実及び賠償の責任を負う額」、「免除することができる額の限度及びその算定の根拠」、「責任を免除すべき理由及び免除額」)及び、免除に異議がある場合には一定の期間内に当該異議を述べるべき旨を公告し、又は株主に通知しなければならないとされています(会社法426条3項)。総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主が異議を述べたときは、会社はこの方法で責任免除してはならないとされています(会社法426条7項)。

責任限定契約

業務執行取締役以外の取締役、会計参与、監査役、会計監査人の会社に対する責任については、当該役員が職務を行うについて善意でかつ重大な過失がない場合は定款に定めた額の範囲内であらかじめ株式会社が定めた額と最低責任限度額のいずれか高い額を限度とする旨の契約を締結することができる旨を定めることができるとされています(会社法427条1項)。いわゆる責任限定契約です。

会社補償契約

令和元年会社法改正前

株式会社が費用や賠償金を補償すること(会社補償)については、改正前会社法には直接定めた規律はありませんでした。しかし、役員等の人材確保や、損害賠償責任を恐れることによる職務遂行の過度な萎縮を回避するために、会社法330条及び民法650条の委任の規定などに基づき実務上行われていた例もありました。民法の規定に基づく補償については、補償の範囲や必要な手続きが明確ではないという指摘があり、また、利益相反性が懸念されていました。

令和元年会社法改正後

会社法改正により、会社が会社補償をするために必要な手続規定や会社補償をすることができる費用等の範囲に関する規定が明文で定められることになりました(会社法430条の2)。

会社が、役員等に対して、①当該役員等が、その職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用(防御費用)や、②役員等が、その職務の執行に関し、第三者に生じた損害を賠償する責任を負うことによって生じる損失(賠償金や和解金を支払うことによる損失)の全部又は一部を補償することを約する契約(補償契約)の内容の決定をするには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならないとされています。①の防御費用については、通常要する費用の額を超える部分については補償することはできないとされています。②の賠償金や和解金は、役員等がその職務を行うにつき悪意又は重大な過失があったことにより第三者に対して責任を負う場合には、補償することはできないとされています。

補償契約は、役員の職務執行の適正性に影響を与える恐れがあり、また、利益相反の問題もあるため、その内容は株主にとって重要な情報であると考えられます。そのため、公開会社では、補償契約を締結した役員の氏名や補償契約の内容の概要などを事業報告で開示しなければならないとされています。

役員等賠償責任保険(D&O保険)

令和元年会社法改正前

会社の役員が会社に対して損害賠償責任を負う場合に、その損害を役員に代わって会社に支払ってもらう保険です。役員が多額の損害を個人で追う場合、役員の責任が大きくなりすぎて役員になり手がいなくなってしまいます。そこで、役員の責任を補填する保険がD&O保険となります。D&O保険の保険料を会社が負担することも可能となっています。改正前会社法では、D&O保険への加入について直接に定めた規律はありませんでした。

令和元年会社法改正後

D&O保険についても、会社補償と同様、手続きが明確ではないという指摘があり、また、利益相反性が懸念されていました。

会社法改正により、D&O保険に関する手続規定が明文で定められることになりました(会社法430条の3)。

会社法改正によって定められたD&O保険は、役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険会社が塡補することを約するもので、会社が保険契約者となり、役員等が被保険者となるものです。当該保険の内容を決定するには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならないとされています。

D&O保険契約は、役員等の職務執行の適正性に影響を与える恐れがあるほか、その保険の内容は会社が抱えているリスクを評価する上でも重要な情報であると考えられます。そのため、公開会社については、保険者の名称や被保険者の範囲、当該保険の内容の概要について事業報告で開示しなければならないとされています。