営業秘密の漏洩対策-不正競争防止法-
営業秘密の流出に関する事例(不正競争防止法違反の事例)
「かっぱ寿司」による不正競争防止法違反
2022年10月30日、競合他社の営業秘密を不正に取得したとして、「かっぱ寿司」の社長が逮捕されました。同社長は、転職前に在籍していた競合他社である「はま寿司」の仕入価格などに関する内部データを、競合他社の元役員を通じて不正に取得したとして、不正競争防止法違反の疑いがもたれています。
「楽天モバイル」による不正競争防止法違反
また、過去には楽天モバイルの元社員が、転職前に在籍していた競合他社であるソフトバンクの高速通信規格「5G」の技術情報などを不正に取得したとして、不正競争防止法違反で逮捕されています。ソフトバンクとしては、楽天モバイルに対して1000億円の損害賠償請求権が存在すると主張し、現在その一部について請求する訴訟を起こしています。
営業秘密の流出に関する現状
他にも、企業における競業他社への機密情報の流出事件は多数発生しております。競業他社への機密情報の流出については、内部社員による流出であるものが多数を占めています。機密情報が流出した企業は、情報流出によって莫大な損害を被ることもあります。また、一度流出してしまった機密情報の回復を図ることは極めて困難です。したがって、企業としては、営業秘密の漏洩に対して十分な対策を講じることが重要になります。
不正競争防止法における「営業秘密」
営業秘密とは
不正競争防止法は、事業主間の公正な競争を確保することを目的とする法律です。不正競争防止法では、「営業秘密」を保護の対象としています。営業秘密とは、企業が事業活動の中で使用している技術上または営業上の秘密情報のことをいいます。
営業秘密として保護されるための要件
不正競争防止法上の営業秘密として保護されるためには、秘密管理性、有用性、非公知性の3つの要件を満たした情報である必要があります。
秘密管理性とは、情報にアクセスする者が秘密として管理されていることを客観的に認識でき、情報にアクセスできる者が限定されていることをいいます。具体的には、「社外秘」などと表示の入ったデータや文書、就業規則や秘密保持契約により秘密保持義務が課せられている情報などが当たります。
有用性とは、有用な営業上又は技術上の情報であることをいいます。有用性の有無については、社会通念に照らして判断されます。有用性が認められる情報としては、顧客情報、仕入先情報、設計図、製造方法、プログラム、実験データなどがあります。
非公知性とは、公然と知られていない情報であることをいいます。したがって、すでに一般的に知られている情報については、営業秘密として保護されません。
営業秘密の漏洩防止のための対策方法
不正競争防止法が営業秘密を保護している理由
不正競争防止法が営業秘密を保護対象としている理由は、企業の収益の根源となる長年の企業努力の集積であるとともに、一度漏洩するとその回復が困難なことにあります。今回の事件のように、退職者による転職先への情報漏洩が行われた場合、企業は回復困難な損害を被る可能性があります。したがって、企業としては機密情報が競合他社などに漏洩しないようにしっかりと対策を講じることが重要になります。
情報漏洩防止のための対策としては、機密情報の管理方法、就業規則の規定内容、秘密保持契約の運用方法を見直すことなどによって、機密情報が不正競争防止法上の営業秘密として保護されるようにしておくことが考えられます。また、経営者側だけでなく従業員側についても情報管理の重要性に関する理解を高めておくことが重要になります。
以下では、具体的な対策方法をご紹介いたします。
情報管理のために必要となる措置
営業秘密として保護されるための要件である秘密管理性が認められるためには、当該情報を秘密情報として管理する意思が、当該情報の管理措置によって、従業員等に対し明確に示され、従業員等がその意思を認識できるようにしておく必要があります。つまり、企業が当該情報を秘密情報であると単に主観的に認識しているだけでは、営業秘密として保護されないことになります。
情報管理体制の整備としては、「対象情報(営業秘密)」と「営業秘密ではない情報」を区別する措置、当該対象情報について営業秘密であることを明らかにする措置、営業秘密の持ち出し防止に関する措置等が必要となります。
「営業秘密」と「営業秘密ではない情報」を区別する措置
「営業秘密」と「営業秘密ではない情報」を区別する措置の構築に当たっては、企業の規模、業態等に応じて、営業秘密である情報を含むのか、営業秘密ではない情報のみで構成されるものであるか否かを従業員が判別できるような措置を講じることになります。
ただし、紙の1枚1枚、電子ファイルの1ファイル毎に営業秘密であるか一般情報であるかの表示等を行う必要はなく、紙であればファイル毎に、電子媒体であれば社内LAN上のフォルダなどアクセス権の同一性に着目して、営業秘密であるか一般情報であるかの表示等を行えば合理的区分として十分な措置を講じていると考えられます。
また、書庫に社外秘文書が一括して保存される形での管理については、原則として合理的区分として許容されますが、情報の内容から当然に一般情報であると従業員が認識する情報が著しく多く含まれる場合には、合理的区分とはいえないとみなされる場合があります。
当該対象情報について営業秘密であることを明らかにする措置
紙媒体の場合、当該文書に「マル秘」など秘密であることを表示することにより、秘密管理意思に対する従業員の認識可能性は確保されると考えられます。また、個別の文書やファイルに秘密表示をする代わりに、施錠可能なキャビネットや金庫等に保管する方法も、従業員の認識可能性を確保する手段として考えられます。
電子媒体の場合、記録媒体にマル秘表示を貼付すること、電子ファイル名・フォルダ名にマル秘表示を付記すること、電子ファイルを開いた場合に端末画面上にマル秘である旨が表示されるようにすること、電子ファイルそのもの又は当該電子ファイルを含むフォルダの閲覧に対してパスワードを設定すること、記録媒体を保管するケースや収納箱等にマル秘表示を貼付することなどが、従業員の認識可能性を確保する手段として考えられます。
営業秘密の漏洩に関する管理措置
就業規則の整備・秘密保持契約の締結
就業規則において、秘密保持に関する規定および企業秘密を漏洩させた場合は懲戒処分とする旨を定め,これを従業員に周知させることが有効な措置として考えられます。
また、従業員等との間で在職中に秘密保持契約書や誓約書を締結し、営業秘密に関する秘密保持義務を課すことなども有効な措置として考えられます。
情報管理に関する研修・講習等の実施
従業員や役員に対して、情報管理に関する研修会を定期的に実施することが考えられます。情報管理の重要性を伝えるとともに、従業員や役員が情報を漏洩した場合には、会社として、懲戒処分の措置、および民事上・刑事上の措置を講じることを、従業員や役員に対して明確に示しておくことが有効であると考えられます。
また、営業秘密の中でも特に重要な機密情報に関しては、一部の従業員や役員についてのみアクセスができる措置をとるなどし、営業秘密の中でも重要度に応じて管理レベルを変えることなども措置として考えられます。そして、特に重要な機密情報に対するアクセス権限を有する従業員や役員については、一般の従業員などに対する研修会などに加えて、情報管理に関する特別の講習等を設け、情報管理の重要性に対する認識をより高めておくことも有効な措置であると考えられます。
意図的な情報漏洩の防止に関する措置
従業員等が秘密情報であることを認識したうえで競合他社等に営業秘密の持ち出すことも考えられます。そこで、企業としては、従業員による意図的な営業秘密の持ち出し防止に関する措置も講じておく必要があります。
具体的には、紙媒体の場合、紙媒体のコピーやスキャン・撮影の禁止、コピー部数の管理(余部のシュレッダーによる廃棄)、配布コピーの回収、キャビネットの施錠、自宅持ち帰りの禁止といった措置を講じることが対策として考えられます。
ただし、紙媒体の場合、電子媒体の場合と異なり、営業秘密について施錠等の物理的な措置を講じない限り、強制的に情報へのアクセスを制限することが困難な場合があります。したがって、意図的な営業秘密の持ち出しを防止するためには、紙媒体ではなく電子媒体による情報管理体制の構築を検討されることが望ましいと考えられます。
電子媒体の場合、人事異動・退職毎のパスワード変更、メーラーの設定変更による私用メールへの転送制限、物理的にUSB やスマートフォンを接続できないようにすることなどが、意図的な営業秘密の持ち出し防止のための措置として有効であると考えられます。
情報漏洩の把握に関する措置
情報漏洩前にとりうる措置
営業秘密が紙媒体である場合、アクセスログやセキュリティソフトによってデータ持ち出しの確認などが可能な電子媒体と比べて、情報漏洩の発見が遅れる可能性があります。そこで、企業としては、データ持ち出しの確認が容易な電子媒体に切り替えていくことが措置として考えられます。
情報漏洩者が退職していない場合
情報漏洩を行った従業員等が退職前であれば、当該従業員等に対して弁護士による聞き取り調査を行い、情報漏洩を行った事実に関する確認書を作成することが考えられます。当事務所としては、そのような従業員からの聞き取り調書や確認書の作成に関するサポートなどを行うことができます。
情報漏洩者が退職している場合
情報漏洩を行った従業員等がすでに退職している場合、聞き取り調査や確認書の作成が困難な場合が多いと考えられます。その場合、デジタルフォレンジックという手法によって営業秘密の持ち出しを把握することが考えられます。デジタルフォレンジックとは、既に抹消されてしまったデータを精細に復元し、実際にどのような操作が行われたのかをデータから解明する手法のことをいいます。この手法により、情報漏洩を行った従業員等がすでに退職している場合であっても、当該従業員による情報漏洩の証拠を突き止めることが可能となります。
営業秘密が漏洩した場合にとりうる措置
従業員等による営業秘密の漏洩が行われた場合、企業としては、まず内容証明郵便の送付を行うことが考えられます。次に、不正競争防止法に基づく民事上の措置として、漏洩行為の差止請求、損害賠償請求、信用回復措置請求等を行うことが考えられます。また、刑事上の措置として、刑事告訴等を行うことも考えられます。
内容証明郵便の送付
営業秘密の漏洩に関する被害を最小限に抑えるためには、不正に持ち出された営業秘密が社外に漏洩することを防ぐことが何よりも重要です。そこで、情報漏洩を行った者に対して、弁護士による内容証明郵便を送付し、持ち出した営業秘密を社外に漏洩した場合は民事上及び刑事上の措置を講じる旨を警告することが有効な手段として考えられます。
その際には、持ち出した営業秘密を社外に漏洩した場合にどのような請求や措置を行うことを考えているのかについて、具体的に記載することが重要になります。予定している高額な損害賠償請求額や刑事告訴等の事実を記載することによって、より効果的な警告となり、営業秘密が社外に漏洩することを防ぐことができる可能性が高まります。
民事上の措置
漏洩行為の差止請求
営業秘密の漏洩等によって営業上の利益を侵害され、または侵害されるおそれがある場合には、侵害行為をする者に対するその行為の停止請求、侵害の恐れのある行為をする者に対する侵害の予防請求、営業秘密の廃棄等の請求を行うことができます(不正競争防止法3条)。
また、既に不正競争行為による営業上の利益侵害が現実化しており、これを放置しては著しい損害が生じる可能性がある場合など緊急性があるときには、侵害行為の停止を内容とする仮処分を申し立てることもできます。これにより、差止請求が認められるまでの期間についても、営業秘密の漏洩行為の停止を求めることが可能となります。
情報漏洩に関する損害賠償請求
情報漏洩された企業としては、営業秘密の侵害により被った損害について、漏洩者又は漏洩先企業に対し、損害賠償を請求することができます。不正競争防止法では、立証負担の緩和のために損害額の推定規定が置かれていますので、通常の損害賠償請求に比べると損害額の立証が容易になっています。
信用回復措置請求
営業秘密の漏洩等によって営業上の信用を害された場合、情報漏洩された企業としては、その漏洩者に対して、謝罪広告等の信用回復措置をとらせることができます。
刑事上の措置
不正に利益を得る目的又は営業秘密の保有者に損害を与える目的で行った営業秘密の不正取得・使用・開示等の行為については、10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金(またはその両方)が科されます(不正競争防止法21条1項1号~7号)。
また、営業秘密を侵害したことにより生じた財産などについては、裁判所の判断により、漏洩者および法人(両罰規定が適用された場合)から、上限なく没収することができます(不正競争防止法21条10項、11項)。
当事務所が提供できるサービス
当事務所では、営業秘密の漏洩防止措置に関する相談や、営業秘密が漏洩した場合における民事上または刑事上の手続に関するサポートなどを行うことができます。
営業秘密の漏洩防止措置に関するご相談においては、会社における現在の機密情報の漏洩防止に対する対策状況等をお聞きし、今後とりうる対策方法や、就業規則及び秘密保持契約書等に関する修正点等を検討いたします。また、情報漏洩を行った従業員等が退職前であれば、従業員からの聞き取り調書や確認書の作成等に関するサポートも行います。
営業秘密が漏洩した場合におけるご相談においては、漏洩者や漏洩先企業等に対する内容証明郵便の作成、民事上または刑事上の手続等に関するサポートを行います。具体的には、民事上の措置として、侵害行為等の差止請求、損害賠償請求、信用回復措置請求などに関する手続のサポートを行います。また、刑事上の措置としては、漏洩者および漏洩先企業の刑事訴追に関する手続のサポートを行います。
機密情報の漏洩対策などでお困りの際は、TEL:03-5357-1750(受付時間9:00~18:00)にお電話いただくか、メール(info@kslaw.jp)にて、お気軽にお問い合わせ下さい。
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