• 2020.09.01
  • M&A・事業承継

特別支配株主による株式等売渡請求の活用

株式分散の原因

会社の経営を長く続けていくといつの間にか株式が多数の人に分散されてしまうことがあります。株式が分散する原因としては、創業時に複数の人が資金を出したり、経営への参加者に株式を一部譲渡したり、創業者に相続が発生したりと様々な事情が考えられます。小規模の閉鎖会社においても、複数の人が株式を所有していること自体がそれほど大きな経営上の支障とはなりません。もちろん、複数の株主が存在する場合には、会社法の定めに従った株主総会の開催など、手続きの履行が求められることが多くあります。従前は、実際には取締役会や株主総会が開催されていないにもかかわらず、役員の重任登記に必要などの理由で議事録のみを作成することも多くあったかもしれませんが、最近の判例の傾向からすれば、株主に対する招集通知を出すことなく、議事録のみ作成していたとしても、そのような株主総会は無効と判断されることが多くあります。そこで、小規模閉鎖会社においても、会社法の規定に従った株主総会を開催する会社が増えています。

少数株主からの株式買い取りの必要性

会社の支配株主が3分の2以上の株式を有する場合には、少数株主の反対がある場合であっても株主総会の特別決議を行うことが可能ですので、定款変更や組織変更を含め、ほとんどの議案については、自由に決定することができます。また、取締役の選任も通常過半数により行われますので、多数株主は全ての取締役を選任することができるのが通常です。従って、会社の支配や経営という観点からしても、少数株主の存在自体が問題となるケースは限られてきます。一方で、会社の組織変更の場合、反対株主は会社に対して株式の買取請求を行うことができますし、株価について争いがある場合には、裁判所に申し立てを要するなど、少数株主の存在によって手続き的な負担が多いことも事実です。そこで、特に会社においてM&Aを検討するような場合には、事前に少数株式を買い取り、100%支配会社とした上で株式の譲渡などを検討する機会も多いのではないかと思われます。

株式の買い取り

このような株式の買取の方法としては、当然任意の協議による売買が重要となりますので、会社や支配株主から少数株主に対して株式を譲渡してもらえないかと言う話し合いを持つことになります。この場合の譲渡価格については、アームスレンクス取引(第三者間取引)ですので、いくらでなければならないという制約はありません。一般的には、純資産価格により株価を算定し、その価格での譲渡を申し出るのが多いかと思います。もちろん、少数株主の状況を考慮し、純資産価格の数倍の株価を提案することも多くあります。買取の方法としては、書面で買付の申出をし、応じてきた株主に対しては、株式代金の払込をして、株主名簿の変更を行うだけで譲渡は完成します。但し、会社自身が買主になる場合は、財源規制やタッグアロングライトなどにも注意が必要になります。

特別支配株主による株式等売渡請求の手続き

上記の方法による買取が出来た場合には問題ありませんが、少しの株式しか有していない株主にとっては、数万円など少額のお金で株主の地位を譲渡することには反対と言うことも多くあります。この場合、強制的に買い取る方法として、従前は全部取得条項付種類株式や、会社分割により完全子会社を設立する方法等が用いられていましたが、平成26年の会社法改正によって、新たに特別支配株主による株式等売渡請求の方法が定められ、また株式併合の手続が整備されたことから、今後は状況により特別支配株主による売渡請求や株式併合の手続が主に用いられるものと思われます。特別支配株主の株式等売渡請求の手続きについては、会社法179条以下に詳細な定めがなされています。少数株主に対する売渡請求を行う場合は、この条文をよく読んで理解することがまず重要となります。

特別支配株主とは

会社法179条1項では、株式会社の特別支配株主は、当該株式会社の株主の全員に対して、その有する当該株式会社の株式の全部を当該特別支配株主に売り渡すよう請求することができると定められています。

ここで特別支配株主とは、その会社の発行済み株式の議決権の9割以上を有する株主のことをいいます。特別支配株主は、個人の場合もあれば、法人の場合もありますが、いずれの場合でも買取請求を行うことができます。但し、9割以上の株式は一人の株主が有していないといけませんので、複数の株主の株式を合算したら9割以上となるので、その複数の株主が一緒に権利行使すればいいではないかとも考えられますが、法律ではあくまで一人の個人または一つの法人が9割以上の株式を有していなければならないとしています。従って、お姉さんと弟の株式を併せれば9割を超えるので、1割弱を有するおじさんに対して買取請求をしようとしても、すぐにはできないことになります。

9割以上の株式を有する株主がいない場合には、株式併合など他の方法を検討するか、主たる株主が他の株主から株式を買い取り、9割以上の持分を取得した上で、買取請求を行うということになります。法律上は、株式の買取請求の段階で9割以上の株式を有していればいいわけですので、事前に他の株主から買い取りを行っていたかどうかは問題とされません。但し、実際に売買を行っていなければならず、9割以上の株式を有する体裁を作るために、仮想の売買を行うということは認められません。売買自体が仮装の場合、後日株式買取請求自体が無効とされたり、取締役の善管注意義務が問題とされる可能性がないとは言えません。

新株予約権の買取請求

特別支配株主は、株式の買取請求を行う場合には、新株予約権についても買取請求を行うことができるとされています(会社法179条2項)。株式の買取により全部の株式を取得しても、その後第三者が新株予約権を行使して新しく株主になると、せっかくの株式買取が意味なくなってしまいます。そこで、新株予約権が発行されている会社において株式買取請求が行われる場合には、新株予約権についても併せて買取請求がなされるものと思われます。なお、新株予約権についても一部の買取請求はできず、買取請求を行う場合には、その全部を買い取るよう請求する必要があります。会社法のタイトルが株式等売渡請求として、「等」の言葉が入っているのは、新株予約権も売渡請求の対象となるからです。

株式等売渡請求の方法

特別支配株主が株式等売渡請求を行う場合には、株式の買取価格または買取価格の算定方法、株式を取得する日(取得日)、買い取り資金調達の方法などを定めて、会社に対して売渡請求を承認するよう通知し、会社の取締役会による承認を得る必要があります。会社の取締役は、取締役会において承認をするかどうかの決議を行い、その旨を承認請求を行った特別支配株主に通知します。特別支配株主は9割以上の株式を有していますので、多くの場合、ほとんどの取締役は実質上特別支配株主によって選ばれたという関係にあると思われます。従って、取締役会で特別支配株主の請求を拒否する事態は通常考えられないと思いますが、取締役は立場上は少数株主に対しても善管注意義務を負っていますので、不当な買取請求を承認した場合には、当該取締役の善管注意義務違反と言うこともありえます。従って、会社の取締役は、特別支配株主から提供された情報や会社の状況(適正な株価がいくらか)を含めて検討し、その判断を行う必要があります。

会社は、特別支配株主による売渡請求を(取締役会の決議により)承認した場合には、取得日の20日前までに、売渡請求に対する承認をしたこと、特別支配株主の氏名、名称、住所、対価、取得日などを通知しなければなりません。但し、個別の通知に変えて公告で済ますこともできますので、少数株主の数が多いなどの事情がある場合には、個別の通知に代えて公告を行うことも考えられます。

売渡請求に対して少数株主が反対する場合

特別支配株主から株式の売渡請求があった場合には、株式を売り渡すことになる少数株主(法文上は「売渡株主等」)は、取得日の20日前の日から取得日の前日までの間に、裁判所に対し、その有する売渡株式等の売買価格の決定を申し立てることができるとされています。例えば、特別支配株主から一株50円で取得するとの申し出があった場合でも、少数株主がその価格は不当に低すぎると考え、少なくとも一株1000円で取得するのが相当であると考えるような場合には、その少数株主は裁判所に対し、売買価格を50円ではなく、1000円に値上げするよう申し立てることができるということになります。

9割以上の株式を有する特別支配株主は、今回の法律改正で認められた売渡請求の方法により少数株主から強制的に株式を取得することができることになりますので、少数株主にとってはこの売買価格の決定の申立が、不当な請求に対する最も一般的な対抗方法になるのではないかと思われます。

一方で、少数株主は数株しか有していないようなことも多くありますので、仮に株価が数倍に値上がりする可能性があるとしても、裁判に要する費用を考慮した場合、裁判所に訴えを提起するのが経済的に合理的かという問題はあります。そこで、少数株主から買い取り価格が不当に低いという提案を受けた場合、特別支配株主の側でも買取価格を再考し、少数株主の納得のいく価格を再提案することになるのではないかと思われます。

一方で、株式売渡請求の撤回については、期間や方法について制約がありますので、その株主の分だけ撤回するというようなこともできません。従って、場合によっては、買取請求を全て撤回し、改めて価格を定めた請求を行うということもありえると思われます。反対に、このような状況に至った場合には、当該少数株主との間においては、任意の買取についての合意が得られていると考えられる事態も起こり得ると思われます。従って、株式の価格について争いがある場合は、法律上は裁判所に訴えを提起し、裁判所によって価格の決定を求めることになりますが、実際には、少数株主から会社に対して価格が不当であるというような申立がなされ、特別支配株主を含めた協議により株式の買取価格の増加について話し合いがもたれるものと思われます。このような観点からすれば、少数株主としては、買取価格が不当に低額であると感じたり、買取に反対する場合であって、裁判所に申し立てをするまでではないというような状況であったとしても、なお、買取価格が不当であるとの申立てを行うことについては合理性が認め得られるものと思われます。反対に言えば、特別支配株主による株式の売渡請求は、強制的に株式を買い取るものですので、制度の本来的な要素として、少数株主との間に軋轢を生じされる可能性を有するものであり、もし少数株主からの買取価格が不当であるとの申し出に応じて任意の協議が進み、任意の買取が出来るのであれば、そちらの方法が好ましいとも考えらます。

事前備置書面、事後備置書面

会社法上、会社は事前及び事後に一定の書面を備え置くことが求められています。売渡請求に反対する少数株主や、売渡請求の手続きを争う者にとっての必要な情報提供を行うものと考えられます。

少数株主における対抗手段(保全処分)

少数株主としては、上記の通り裁判所に対して売買価格の決定の申立を行うことの他に、当該売渡請求により、不当に不利益を蒙ることになると主張して、裁判所に対し、株式の取得をやめるよう請求することができます。少数株主としては、保全申し立てに際しては、当該売渡請求は法令に違反することや、手続きの違反などを訴えることになります。

株式価格の鑑定評価書の取得

特別支配株主による売渡請求においては、買取価格をいくらとするかは、特別支配株主が自ら決定して請求することになります。従って、特別支配株主の買取価格の適正さを担保する方法が重要となります。売渡請求は、本来的に少数株主との間に軋轢を有するものであり(軋轢の無い場合は、任意の買取により買取が成立していると思われる)、特別支配株主としては売渡請求を行う前に、公認会計士などによる株式価格の鑑定評価を得ておくなどの準備が必要と思われます。また、会社においても、特別支配株主から株価の算定根拠について十分な資料の提示がない場合には、売渡請求の承認を行う前の段階で、自ら公認会計士や税理士などに依頼するなどして、公正な鑑定評価額を得ておく必要があると考えられます。売渡請求のスケジュールの作成においては、上記の20日間の期間だけでなく、公認会計士や税理士による株価の鑑定評価を行う時間についても確保しておく必要があると思われます。

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