国際取引における準拠法
準拠法(Governing Law)とは
英文契約書のチェック(レビュー)を依頼される場合に、よく問題として聞かれるのが、準拠法と管轄をどのように定めればいいですかという質問です。準拠法とは、法律の解釈に疑念が生じたり、当事者間で紛争が生じた場合に、どの国の法律をもとにして契約書を解釈するかという問題です。契約書の規定がある場合には、その規定に記載された通りに解釈するというのが大原則ですが、場合によってはそのような記載がある特定の国においては無効と判断されたり、契約書の記載のない場合に、どこの国の法律によって解釈されるべきかは重要になってきます。例えば、アメリカにおいては、懲罰的賠償の判決がなされる場合がありますが、日本法の下では、懲罰的賠償は日本の公序良俗に反して無効と解釈されています。同様に、利息の約定や遅延損害金の定めについては、国ごとに最高利率が定められていますので、そのような利率を上回る利息や損害金の支払いがある国では有効でありながら、他の国では無効と解釈されることがあります。また、私法上の秩序だけでなく、独占禁止法などの競争政策に関する法令についても国ごとに異なる定めがあり、ある国では有効でありながら別の国では無効と判断されることもよくあることです。例えば、日本の独占禁止法では、優越的地位の濫用となる契約は無効と解釈されていますが、独占禁止法の緩やかな国ではそのような定めも有効と判断される可能性もあります。
準拠法(Governing Law)と時効
準拠法をめぐる議論としてよく問題となるのが、時効に関する法律の適用関係です。時効については、国ごとに時効期間、短期消滅時効の存在、時効の開始時期、時効の計算方法などが異なっています。そこで、例えばニューヨーク州の裁判所に訴訟を提起した場合で、日本の法令が適用になる場合は、日本の法令上時効にかかっているかどうかがニューヨークの裁判所で議論されることになります。この場合は、原告と被告を代理する双方の日本の弁護士に意見書を出してもらい、最終的にニューヨークの裁判所が日本法上時効にかかっているかどうかを判断することになります。不法行為の時効については、多くの国で、当事者が不法行為の事実や損害の発生、加害者がだれであるかを知ったときから時効が開始するとしていますので、この解釈について問題となることがあります。なお、国際物品売買契約に関する国連条約や国連国際物品売買契約に関する時効条約は、請求権の時効期間という実体法の内容にも変更を加えていますので、これらの条約の適用を排除するかどうかも考える必要があります。
準拠法(Governing Law)をめぐる協議
このように、国際取引を行うに際してどの国の法令が適用になるか(準拠法をどこの国の法律とするか)は、重要な要素となります。通常、日本とアメリカの取引であれば、準拠法は日本法とするか例えばニューヨーク州法とするかという形で、当事者のいずれかの国の法律が準拠法とされます。日本とアメリカの取引について、中国法を準拠法とするということは通常考えられません。当然日本の当事者からは、自分たちが一番よく理解している日本法を準拠法とすることを希望しますし、アメリカの当事者においては、自国の法律を準拠法とすることを主張されると思われます。契約書の内容には準拠法以外にも様々な内容が盛り込まれますので、必ずしも準拠法のみに拘泥するのではなく、準拠法をアメリカの法律とする代わりに、別のところで(例えば代金の支払い条件のところで)当方に有利な条件を認めてもらうなどの交渉(バーゲニング)を行うのが適切と考えます。
準拠法(Governing Law)の合意の有効性の判断
準拠法の合意についての有効性の判断は、訴訟が継続した地の国際私法をもとに判断されます。従って、日本の裁判所に対して訴訟が提起された場合、日本の裁判所は日本の国際私法をもとに準拠法の合意が有効であるかどうかを判断することになります。
法の適用に関する通則法
日本の裁判所における準拠法の判断は、法の適用に関する通則法(通則法)によって定められます。通則法7条では、「法律行為の成立および効力は、当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法による」と定め、当事者の合意による準拠法の選択を認めています。また、当事者による準拠法の選択がない場合は、「法律行為の成立及び効力は、当該法律行為の当時において当該法律行為に最も密接な関係がある地の法律による」と定められています。すなわち、最密接関係地の法律が準拠法となります。
準拠法(Governing Law)の定め方
では、どこの国の準拠法とするのが通常かということですが、通常準拠法は、管轄のある土地の法律とするのが素直であると考えられますし、双方の国に管轄がある場合には、取引の中心となる国の法令を準拠法とするのが素直と考えられます。特に労働関係は、国ごとに労働者の地位を守るために強制法規とされていますので、実際に労働者が労務を提供する国の法令にしておかないと、契約の規定自体に多くの過誤が生じるという事態もあり得るかもしれません。台湾から商品を仕入れて、台湾の国内で引渡しを受ける場合には、取引は台湾国内で完結するわけですので、台湾法を準拠法とすることが素直であるとも考えられます。
準拠法(Governing Law)についての合意条項
This Agreement shall be governed by and construed in accordance with the laws of Japan.
(訳文)
本契約書は、日本法に準拠し、日本法に従って解釈される。
第三国の法律を準拠法とする合意
第三国の法律を準拠法とする合意も原則として有効です。日本の会社と香港の会社の取引において、シンガポール法を準拠法と定めることもできます。シンガポール法を準拠法と定めた例は次のようになります。
(文例)
This Agreement, the rights and obligations of the Parties and all disputes arising out of or in connection with this Agreement shall be governed by and interpreted in accordance with the laws of Singapore without regard to the principles of conflict of laws. The United Nations Convention on Contracts for International Sales of Goods or the United Nations Convention on the Limitation of Period in the International Sale of Goods, as amended, shall not apply to this Agreement.
(訳文)
本契約書及び当事者の権利義務、及び本契約書から生じ、又は本契約書に関連する全ての紛争については、抵触法に関する原則に拘わらず、シンガポールの法律に準拠し、解釈されるものとする。その時点で有効な国際物品売買契約に関する国連条約及び国連国際物品売買契約に関する時効条約については、本契約書には適用されない。
ウィーン売買条約(CISG)の適用排除
ウィーン売買条約は、正式名称が「国際物流売買契約に関する国連条約」(United Nations Convention on Contracts for the International Sale of Goods)(CISG)で、国境を越えた物品の売買に関して当事者の権利義務の基本的内容を定めた国際条約です。国際連合国際商取引法委員会(United Nations Commission in International Trade Law)(UNCITRAL)が起草し、日本でも2009年8月1日に発行しています。ウィーン売買条約の適用について排除しておかないと、この契約書の解釈についてウィーン売買条約(CISG)が適用になることになります。そこで、動産の売買に関する国際売買契約においては、ウィーン売買条約の適用を排除する旨を定めておく必要があります。
This Agreement shall be governed by and under the laws of Japan as to all matters including validity, construction and performance. It is hereby explicitly agreed that the United Nations Convention on Contracts for the International Sale of Products (CISG/Vienna Convention) shall not apply to this Agreement and Individual Contracts.
(訳文)
本契約の有効性、解釈及び履行については、日本法に準拠する。国際物流売買契約に関する国連条約は本契約及び個別契約に適用ないことを当事者は明確に合意する。
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