• 2020.09.01
  • 国際取引

国際取引における仲裁合意

仲裁合意

仲裁によって当事者間の紛争を解決するという本条項のような仲裁合意が当事者間に存在する場合には、契約当事者間で生じた特定の紛争について仲裁手続によって解決を図ることができます。

仲裁手続

仲裁機関ごとにそれぞれ仲裁規則を定めていますが、仲裁手続きを利用する当事者はどの仲裁規則に従って仲裁手続きを行うかを選択することができます。例えば、アメリカ仲裁協会(American Arbitration Association(AAA))において仲裁手続きを行う場合であっても、パリの国際商業会議所(International Chamber of Commerce(ICC))の仲裁規則や国連国際商取引委員会(UNCITRAL(United Nations Commission on International Trade Law))の仲裁規則を適用することができます。また、仲裁手続きにおいては、当事者が合意した言語を使用することができます。なお、仲裁手続において、アメリカなどで裁判上認められるような懲罰的損害賠償やディスカバリー、証拠提出命令を命じることができることが仲裁人の権限として契約上規定されることもあります。

仲裁機関の選択

契約の内容によっては、特定の産業界に関わるものもあり、そのような業界ごとに独自の仲裁機関を有している場合があります。独自の仲裁機関を選択する場合、その仲裁機関の名称を正確に記載する必要があります。また、最近では、通常の紛争解決の場合であっても、一つの国に複数の仲裁機関が存在する場合があります。従って、例えばシンガポールの仲裁手続きというだけでは不十分で、シンガポールのどの仲裁手続きによるかを特定する必要があります。

日本の仲裁手続サンプル

日本の仲裁によって紛争解決を図る場合の一般的な仲裁条項の文例は次の通りです。

(文例)
Any and all disputes arising from this Agreement shall be amicably and promptly settled upon consultation between the parties hereto, but in case of failure, the matter shall be settled by arbitration in Tokyo, Japan in accordance with the rules of the Japan Commercial Arbitration Association. The language will be English. The decision by the arbitration tribunal will be final and binding upon the Parties and may be approved of by or entered in (or otherwise be granted enforceability through necessary procedures by) any court having jurisdiction.
(訳文)
本契約により生じる全ての紛争については、当事者間の平和的協議に基づき即時に解決されるものとするが、解決ができなかった場合は、日本商事仲裁協会が定める規則に基づき、東京で開催される仲裁によって解決されるものとする。言語は英語とする。仲裁裁定は最終的であり、本契約の両当事者を拘束し、管轄権を有する全ての裁判所において承認される(あるいは必要な手続きを通じて執行可能なものとなる)ものとする。

日本の仲裁手続きサンプル2

1  All disputes, controversies, or differences that may arise between the parties hereto out of or in relation to or in connection with this Agreement shall be finally settled by arbitration in Tokyo, Japan, in the English language pursuant to the Commercial Arbitration Rules of the Japan Commercial Arbitration Association.
2  The arbitration shall be conducted by a single arbitrator selected by the parties, provided, however, that if the parties fail to agree upon a single arbitrator within thirty (30) calendar days after the demand for arbitration, then it shall be conducted by an arbitration panel consisting of three (3) members, one appointed by each party and the third appointed by the first two members.
3  All direct costs of the arbitration proceedings under this Article, including fees and expenses of the arbitration, shall be borne equally by the parties. All other costs, including counsel and witness fees, shall be borne by the party incurring them.
(訳)
1 本契約により生じた、又は本契約に関する本契約上の当事者間における全ての紛争、論争、意見の食い違いについては、国際商事仲裁協会の仲裁規則に従って英語で、仲裁によって解決されるものとする。
2  仲裁は、当事者によって選任された単独の仲裁人によっておこなわれるものとする。ただし、仲裁の請求後30暦日以内に当事者が単独仲裁人に合意できないときには、仲裁は、3名の仲裁人によって構成される仲裁機関によっておこなわれるものとする。その場合、各当事者が各1名の仲裁人を指名し、両2名の仲裁人が第3の仲裁人を指名するものとする。
3  本条に基づく仲裁手続きのすべての直接費用は、仲裁人の報酬と仲裁費用を含めて当事者が均等に分担する。弁護士費用、承認の費用等、他のすべての費用は、当該費用を生じさせた当事者が負担する。

シンガポール(SIAC)の仲裁手続き

最近、多く利用されているのがシンガポールのSIACにおける仲裁手続きです。SIACにおける仲裁手続きを選択する場合は、SIACが一般的に利用している仲裁条項がありますので、その条項に基づいて仲裁条項をドラフトする必要があります。イギリスの仲裁機関を利用する場合も同様です。
(文例)
Any and all disputes, controversies or differences which may arise between the parties hereto, out of or in relation to or in connection with this Agreement, unless the dispute, controversy or difference can be resolved by consultation between the Parties, shall be finally settled by arbitration administered by the Singapore International Arbitration Centre (“SIAC”) in accordance with the Arbitration Rules of the Singapore International Arbitration Centre (“SIAC Rules”) for the time being in force. Official language of arbitration procedure shall be English.
(訳文)
本契約の当事者間で生じ、又は本契約に関連する全ての紛争、論争、意見の相違については、当事者間での協議により解決される場合を除き、その時点で有効なシンガポール・インターナショナル・アービトレーションセンターの定める仲裁規則(SIACルール)に基づき、シンガポール・インターナショナル・アービトレーションセンター(SIAC)によって行われる仲裁手続きによって解決される。仲裁における公式の言語は英語とする。

香港(HKIAC)の仲裁手続き

香港の仲裁手続きを選定する場合も、複数の仲裁機関のうちどの仲裁機関を利用するのかと、仲裁手続きに利用される手続については、どの法律や規則によるのかを明確にする必要があります。なお、下記の文例は仲裁と調停(Mediation)についても規定していますが、調停(Mediation)は紛争解決の一つの手段ですが、最終的解決方法ではありませんので、調停(Mediation)について記載したとしても、紛争解決方法の選択にはなりません。
(文例)
Any dispute or difference arising out of or in connection with this contract shall first be referred to mediation at Hong Kong International Arbitration Centre (HKIAC) and in accordance with its then current Mediation Rules. If the mediation is abandoned by the mediator or is otherwise concluded without the dispute or difference being resolved, then such dispute or difference shall be referred to and determined by arbitration at HKIAC under the UNCITRAL Arbitration Rules.
(訳文)
本契約に関連する全ての紛争や意見の相違については、最初に、その時点で有効な香港・インターナショナル・アービトレーションセンター(HKIAC)の調停規則に基づくHKIACの調停に付されるものとする。調停人から調停が却下され、又は紛争や議論が解決しないまま調停が終了した場合は、HKIACの仲裁に付されて、UNCITRALの仲裁規則に基づき、仲裁によって解決されるものとする。

(文例)
Any dispute, controversy, difference or claim arising out of or relating to this contract, including the existence, validity, interpretation, performance, breach or termination thereof or any dispute regarding non-contractual obligations arising out of or relating to it shall be referred to and finally resolved by arbitration administered by the Hong Kong International Arbitration Centre (HKIAC) under the UNCITRAL Arbitration Rules in force when the Notice of Arbitration is submitted, as modified by the HKIAC Procedures for the Administration of Arbitration under the UNCITRAL Arbitration Rules. The seat of the arbitration shall be Hong Kong. The Tribunal shall consist of one (1) arbitrator. The language of the arbitration shall be English.
(訳文)
契約の存在、有効性、解釈、履行、不履行、解除を含め、本契約に関連し、またはこれに基づいて生じた、または本契約に関して生じた契約外の義務についての全ての紛争、議論、意見の相違、請求については、その時点で有効なホンコン・インターナショナル・アービトレーションセンター(HKIAC)の仲裁に付されて、最終的に解決されるものとする。仲裁手続きは、UNCITRALの仲裁規則に基づき、仲介手続きの管理に関してHKIACの手続きによって修正された、仲裁通知がなされた時点で有効なUNCITRALの仲裁規則に基づくものとする。

イギリス(CEDR)の仲裁手続き

国際間の紛争で第三国での解決を目指す場合の調停手続き(Mediation)はロンドンで行われることが多くあります。ロンドンでの手続きでも色々な機関の手続がありますが、Center for Dispute Resolution(CEDR、London)が一般的のようですので、CEDRによる調停によって解決することを契約書に書くのが好ましいと思われます。調停条項の一般的な内容は、次の通りとなります。
(文例)
If any dispute arises in connection with this agreement, the parties will attempt to settle it by mediation in accordance with the CEDR Model Mediation Procedure and the mediation will start, unless otherwise agreed by the parties, within 28 days of one party issuing a request to mediate to the other. Unless otherwise agreed between the parties, the mediator will be nominated by CEDR. The mediation will take place in London, England and the language of the mediation will be English. The Mediation Agreement referred to in the Model Procedure shall be governed by, and construed and take effect in accordance with the substantive law of England and Wales. If the dispute is not settled by mediation within 14 days of commencement of the mediation or within such further period as the parties may agree in writing, the dispute shall be referred to and finally resolved by arbitration. CEDR shall be the appointing body and administer the arbitration. CEDR shall apply the UNCITRAL rules in force at the time arbitration is initiated. In any arbitration commenced pursuant to this clause, the number of arbitrators shall be 1 and the seat or legal place of arbitration shall be London, England.
(訳文)
本契約に関する紛争が生じた場合、当事者は、CEDRモデル調停手続きに基づく調停によって解決を図るものとする。当事者が別途合意する場合を除き、一方当事者が調停開始の申し立てをした時から28日後に調停がスタートする。当事者が別途合意した場合を除き、調停人はCEDRによって選任される。調停はイギリスのロンドンにおいて行われ、調停の言語は英語とする。モデル規則における調停合意書はイギリスウェールズの実体法に準拠し、それに基づき解釈される。調停開始から14日以内、または当事者が書面で合意した日にちまでに紛争の解決が図られない場合、仲裁に、最終的に仲裁で解決される。CEDRが仲裁機関に指名され、仲裁手続きを執り行う。CEDRは仲裁が開始した時点で有効なUNCITRAL規則を適用する。本条項によって開始した全ての仲裁については、仲裁人の数は1人とし、仲裁場所はイギリスのロンドンとする。

NYの仲裁手続き

ニューヨークで仲裁がなされる場合は、American Arbitration Association(アメリカ仲裁協会)の定める仲裁手続きによることが多いと思われます。その場合、仲裁の行われる場所を記載するとともに、どの仲裁機関に依頼するかも特定することがあります。下記の例は、AAAの規則によること、ニューヨークで仲裁が行われることについては定めがありますが、どこの仲裁機関が主催する仲裁で解決するかについては定めがありません。将来事案の内容により当事者が選択できる余地を残していると考えられます。
(文例)
Any dispute or controversy arising under or in connection with this Agreement shall be settled exclusively by arbitration, conducted before a panel of three arbitrators in New York, New York, in accordance with the rules of the American Arbitration Association then in effect. Judgment may be entered on the arbitrator’s award in any court having jurisdiction; the expense of such arbitration shall be borne by the Company.
(訳文)
本契約から生じ、又は本契約に関連する全ての紛争及び意見の相違については、その時点で有効なアメリカン・アービトレーション・アソシエーション(AAA)の規則に従い、3人の仲裁人で構成されるニューヨーク州ニューヨークの仲裁廷における仲裁によって専属的に解決されるものとする。管轄のある裁判所は、仲裁廷の裁定を承認するものとする。仲裁の費用については、会社が負担する。

被告の所在地を仲裁地とする場合

(文例)
Unless otherwise provided for in this Agreement, any and all disputes arising from this Agreement shall be amicably and promptly settled upon consultation between the Parties. If an amicable settlement cannot be reached, the dispute shall be settled by arbitration under the rules of the International Chamber of Commerce (ICC) by one or more arbitrators appointed in accordance with the said rules. The place of arbitration, applicable law and the language in which the arbitration shall take place shall be that of the defendant.
(訳文)
本契約上別途定めがある場合を除き、本契約上生じる全ての紛争については、当事者間の協議によって平和的かつ速やかに解決されるものとする。平和的解決が図れない場合には、国際商業会議所の規則に従い、一人または複数の仲裁人が選任され、仲裁によって解決されるものとする。仲裁の場所及び適用法、仲裁が行われる場所の言語については被告の住所地のそれとする。

仲裁人の選任

仲裁における手続きの主催者は当事者によって選任される仲裁人です。仲裁人の人数は、3名または1名であることが多いと思います。裁判手続きとは異なり、仲裁人の費用を含めて仲裁手続きに関する費用を当事者が負担することになることから、1名の仲裁人による場合には費用を抑えることができること、また仲裁人が1名であれば仲裁人の予定を押さえやすく、比較的迅速に仲裁手続きを進めることができることなどの利点はあります。ただ1名の仲裁人の選任について当事者が合意できないこともあり、その場合は仲裁機関に仲裁人を指名してもらう方法などによって仲裁人を選任することを規定しておきます。なお仲裁人の人数が2名では、仲裁人の間で仲裁判断に関する意見が異なる場合に判断不能になるおそれや、仲裁判断がなされたとしても両当事者共に納得のできないものである可能性があります。仲裁人が3名の場合の選任方法としては、当事者双方が1名ずつ仲裁人を指名し、指名された2名の仲裁人が残りの1名を選任するという方法があります。当事者の一方が指名を行わない場合は、仲裁機関に仲裁人の指名を委ねると規定することによって、仲裁手続を利用することができなくなる不都合を回避することもできます。

仲裁人の報酬

仲裁人の報酬については、多くの事例においてタイムチャージで計算されることになります。有名な仲裁人であれば、その報酬金額は1時間あたり5万円から10万円程度(多い場合は20万程度)となりますので、3人の仲裁人の報酬は1時間あたり15万円から30万円というのが通常です。もし、仲裁手続に100時間を要すると、仲裁人の報酬だけで1500万円から3000万円となります。このように、国際仲裁の場合の仲裁人の報酬は極めて高額ですので、仲裁条項を定める場合は、そのような高額の報酬の支払いを了解し得るかどうか、事前に検討いただく必要があります。

相手方の所在地の仲裁による場合

仲裁場所の選択も仲裁条項の規定において注意すべき点です。仲裁場所を巡って当事者間で合意が困難な場合は、被申立人の所在地や、第三国の仲裁機関を仲裁場所とすることもあります。ただ、被申立人の所在地を仲裁場所とした場合でも、例えば、被申立人が申立人の所在地に子会社を有しており、その子会社も契約の当事者となっていたような場合に、申立人がもっぱらその子会社を相手方として、申立人の所在地でもある子会社の所在地において仲裁申立てを行うことが考えられます。そのような可能性に備えるために、例えば、次のように申立人がどちらの当事者の場合かに応じて、それぞれ特定の仲裁場所を設定しておくこともあります。

The place of arbitration shall be Tokyo, Japan if arbitration is brought by A, or Paris, France, if arbitration is brought by B.
仲裁地は、仲裁がAによって申し立てられたときは東京とし、仲裁がBによって申し立てられたときはパリとする。

仲裁判断の承認・執行

仲裁手続きの結果なされた仲裁判断については、裁判所の確定判決と同一の効力があるとされており、裁判所による執行決定(仲裁法46条)という手続を経たうえで、通常の裁判所の判決と同様に強制執行を行うことができます。

外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約

国際取引に関わる紛争において、取引の相手方が外国に所在しており財産が相手国にある場合においては、得られた仲裁判断をどのように執行するかということが問題になります。この点については、「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約」(いわゆるニューヨーク条約)(Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards)によって、条約締結国(加盟国数は150カ国以上)は、外国の仲裁判断を承認・執行することが求められているため、相手方の所在国がニューヨーク条約加盟国であるならば、同条約に基づいて、仲裁判断の強制執行を行うことができることになります。ただ実際の執行手続きについては条約締結国がそれぞれ定めることとされているため、実際の承認・執行においては各国の手続きに従うことになります。

本案訴訟・保全処分との関係

仲裁合意が存在する場合には、通常は裁判所に本案訴訟を提起することはできないことになります(仲裁法14条)。ただし、仲裁合意がある場合であっても、裁判所に仮処分等の保全処分を申し立てることが必要となる場合もあります。例えば、契約の相手方が秘密保持条項に違反して秘密情報を遺漏する恐れがある場合に、その違反行為の差止めを裁判所に対して申し立てることが必要となります。そのような場合において、仲裁条項の存在に関わらず上記のような仮処分の申立てをすることができることを規定することにより明確にしておくこともあります(仲裁法15条)。

仲裁合意がある場合の裁判管轄の取得

契約書の文言上は、裁判管轄の合意は契約に関する事項に限られることが多いと思われます。一方、不法行為による請求の場合の管轄裁判所については、裁判地の国際私法において不法行為地又は結果発生地とされることが多いと思われます。そこで、仲裁条項の存在によって訴訟提起が妨げられる場合(妨訴抗弁がなされた場合)においても、契約違反ではなく、不法行為による損害賠償請求として訴訟提起することにより、国際裁判管轄を取得することができます。

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