• 2023.01.25
  • M&A・事業承継

M&Aにおけるインサイダー取引規制

インサイダー取引規制の概要

インサイダー取引とは、非公表の重要事実を知っている会社の内部者が、重要事実が公表される前に会社の株式の売買を行うことです。非公表の重要事実を知っている会社の内部者は、重要事実が公表された場合に、株価が上昇するか下落するかについてある程度予想することができますので、重要事実の公表によって一般の投資家が知る前に会社の株式を売買した場合には確実に儲けることができることになります。このような取引は一般の投資家に比べて内部者に特別に有利となりますので、投資家の間で不平等が生じ、証券市場への信頼を害することになります。そこで、金融商品取引法では、重要事実が公表される前に内部者が株式の売買を行うことを禁止しています。

インサイダー取引の規制対象となる者

会社関係者

インサイダー取引の規制対象となる者を会社関係者といいます。会社関係者の定義については、金融商品取引法に定められています(金融商品取引法166条1項)。具体的には次の者が会社関係者に該当することになります。

①上場会社の役員、代理人、使用人、その他の従事者

「上場会社の役員、代理人、使用人、その他の従事者」には、上場会社の取締役、監査役、社員、契約社員、派遣社員、アルバイト、パートタイマーが含まれます。また、上場会社の親会社や子会社の役員、代理人、使用人、その他の従業員についても会社関係者に該当することになります。

②上場会社の3%以上の議決権を有する株主

金融商品取引法では、会社法433条に基づき会計帳簿の閲覧謄写請求権を有する者を会社関係者としています。会計帳簿の閲覧謄写請求権を有する者とは、会社の3%以上の議決権を有する株主を意味します。このような株主が、帳簿の閲覧謄写請求権の行使に関連して得た情報をもとに株式の売買を行うことはインサイダー取引に該当することになります。

③上場会社に対して法令上の権限を有する者

許認可権限を有する公務員などがこれに該当することになります。法令に基づく許認可を得るためには、会社の内部情報を公務員など許認可権限者に開示する必要があります。公務員など許認可の権限を有する者が、職務に関して得た情報をもとに株式の売買を行うことが禁止されます。

④上場会社と契約を締結している者、契約の締結交渉をしている者

取引先や、会社の監査を行う公認会計士、顧問弁護士等がこれにあたります。取引先としては、金融機関、商品売買の相手方、共同研究開発をしている相手方、ライセンス契約の相手方、M&Aの契約交渉をしている相手方等が考えられます。これらの契約の取引先、公認会計士、弁護士などは会社の社員や役員ではなく、外部の法人や個人にあたります。しかしながら、これらの者は契約に基づき、会社から重要情報を受領する可能性のある立場にあります。従って、そのような立場にある人が、契約に関連して得た情報をもとに株式の売買を行うことは不公平と言えます。そこで、これらの者(上場会社と契約を締結している者や契約締結交渉中の者)についても会社関係者にあたるとして、株式の売買を禁止しています。

上記の②と④が法人である場合にその法人の役員

上場会社に対して帳簿閲覧請求権を行使して上場会社の帳簿の閲覧を行った者が法人である場合は、その法人の役員等も会社関係者に該当しますので、その上場会社の株式の売買ができないことになります。同じように、上場会社と契約を締結している者や契約締結交渉中の者が法人の場合、その役員についてもインサイダー規制が適用になり、上場会社の株式の売買が禁止されます。

上場会社の元会社関係者(金融商品取引法166条1項本文但書)

上場会社の会社関係者が、会社関係者でなくなった後、会社関係者の間に知った重要情報を利用して株式の売買を行うことはやはり不公平になります。そこで、会社関係者でなくなってから1年以内の者についても、インサイダー規制を適用し、当該上場会社の株式の売買を禁止しています。

公開買付者等関係者(金融商品取引法167条)

公開買付者等については、金入商品取引法166条とは別に、金融商品取引法167条の規定により、株式の買付や売り付けが禁止されています。

第一次情報受領者(金融商品取引法166条第3項、167条3項)

会社関係者から重要事実に関する情報の伝達を受けた者については、「第一次情報受領者」として、重要事実の公表前に株式の売買を行うことが禁止されます。会社関係者の親族や知人などが会社関係者から情報の伝達を受けて株式の売買を行う場合には、会社関係者自身が株式の売買を行う場合と同じく不正な利益を得ることができることになりますので、証券市場の信頼を害することになります。そこで、会社関係者からの第一次情報受領者についても会社関係者と同じく重要事実の公表前に上場会社の株式の売買を行うことが禁止されています。公開買付関係者等から公開買い付けに関する情報の伝達を受けた者も第一次情報受領者にあたります。なお、第一次情報受領者からさらに情報の伝達を受けた第二次情報受領者については、インサイダーには該当しませんので、第二次情報受領者が、重要事実の公表前に上場会社の株式の売買を行うことは禁止されません。

インサイダー取引規制の対象となる情報の種類

インサイダー規制の対象となる情報は、上場会社の「重要事実」に関する情報ということになります。重要事実に関する情報としては、決定事実(金融商品取引法166条2項1号)、発生事実(金融商品取引法166条2項2号)、決算情報(金融商品取引法166条2項3号)、その他投資者の投資判断に著しい影響を与えるもの(金融商品取引法166条2項4号)があります。また、公開買付者等関係者に関するインサイダー取引規制においては、公開買付けの実施に関する事実または公開買付けの中止に関する事実が重要事実に該当することになります(金融商品取引法167条2項)。

上場会社の決定事実

決定事実とは、上場会社の業務執行機関が決定した事実になります。決定事実の例としては、以下のものが含まれます。

  • 新株発行
  • 資本金の額の減少
  • 自己株式の取得
  • 合併、会社分割、株式交換、株式移転等の組織再編行為
  • 事業譲渡
  • 業務上の提携

上記のような事実はいずれも投資者の投資判断に与える影響が大きいことから重要事実に該当するとされています。但し、上記のような取引であっても、取引額が小さいものについては軽微基準に該当し、重要事実にあたらないこともあります。また、上場会社だけでなく、上場会社の子会社において、その業務執行機関が上記のような決定を行った場合も、決定事実とされています(金融商品取引法166条2項5号)。従って、子会社の業務執行機関が合併やその他の組織再編行為を行うことを決定した場合は、親会社(上場会社)の会社関係者は株式の売買ができなくなります。

上場会社の発生事実

発生事実とは、会社について、投資判断に著しい影響を及ぼす重要な事象が発生したという事実をいいます。投資判断に著しい影響を及ぼす重要な事象の例は、以下のとおりです。

  • 災害に起因する損害、業務遂行の過程で生じた損害
  • 主要株主の異動
  • 訴訟の判決、裁判によらない訴訟の完結
  • 親会社の異動
  • 主要取引先との取引停止

上記の事実は、会社の経営に対して大きな影響を与え、株価に対する影響も大きいと言えます。そこで、これらの事実の発生については重要事実にあたるものとし、その公表がなされるまでは、会社関係者は上場会社の株式の取引を行うことはできないとしています。金融商品取引法166条2項2号に規定するものの他、どのような事実が発生事実に該当するかは、政令(金融商品取引法施行令28条の2)において定められています。なお、上場会社の子会社においてこれらの事実が生じた場合も発生事実としています(金融商品取引法166条2項6号)。

上場会社の決算情報

決算情報とは、上場会社の売上高、経常利益、純利益等に関して、直近で公表されや予想値と最新の予想値または決算に一定程度以上の差異が生じたという情報をいいます(金融商品取引法166条2項3号)。なお、上場会社の子会社について上記のような差異が生じたという情報も決算情報に含まれます(金融商品取引法166条2項7号)。決算情報に該当するかどうかは、次の基準によって判断されます。

  • 単体または連結の売上高について、新たな予想値又は決算の数値が、公表された直近予想値から10%以上増減した場合
  • 単体又は連結の経常利益について、新たな予想値又は決算の数値が、公表された直近予想値から30%以上増減し、当該増減額が前事業年度末の純資産と資本金の額とのいずれか少ない金額の5%以上である場合
  • 単体又は連結の純利益について、新たな予想値又は決算の数値が、公表された直近予想値から30%以上増減し、当該増減額が前事業年度末の純資産と資本金の額とのいずれか少ない金額の2.5%以上である場合
  • 剰余金の配当について、新たな予想値又は決算の数値が、公表された直近予想値から20%以上増減している場合

その他投資者の投資判断に著しい影響を与えるもの(金融商品取引法166条2項4号)

バスケット条項として規定されているものです。上記の個別の基準と同等またはそれ以上の影響があるかどうかを個別具体的に判断されることになります。

公開買付け等の実施・中止に関する事実

公開買付者が公開買付を行うことを決定したこと、または公開買付者が公開買付を行わないことを決定したことを言います(金融商品取引法167条第2項)。

インサイダー取引規制の対象となる行為

インサイダー取引規制の対象となる者は、次の行為を行うことが禁止されます。

  1. 対象会社の株式の売買等
  2. 未公表のインサイダー情報の伝達行為

株式などの「売買等」

未公表の重要事実を知った上場会社の会社関係者や第一次情報受領者は、その重要事実が公表される前に、対象会社の株式の売買等を行うことはできません(金融商品取引法166条第1項、第3項)。「売買等」には、株式の譲渡、譲受け、合併や会社分割による承継、デリバティブ取引などが含まれます。

未公表の重要事実の伝達の禁止

会社関係者は、上場会社に関する未公表の重要事実を知った時は、他人に利益を得させ、又は他人に損失の発生を回避させる目的で、未公表の重要事実を他人に伝達してはならないとされています。また他人に売買を勧めることも禁止されています(金融商品取引法167条の2第1項)。

また、公開買付者等関係者は、公開買付がなされることや公開買付が中止されることになったことを知った時は、他人に利益を得させ、又は他人に損失の発生を回避させる目的で、未公表の公開買付等の実施又は公開買付等の中止に関する事実を他人に伝達してはならないとされています(金融商品取引法167条の2第2項)。

なお、会社関係者や公開買付者等関係者については、情報の伝達行為が禁止されていますが、第一次情報受領者については、伝達行為は禁止されていません。従って、第一次情報受領者が自ら未公表の重要事実をもとに株式の売買を行うことは禁止されますが、他人に対して情報を伝達したこと自体が処罰の対象となるわけではありません。

「公表」とは

インサイダー取引は、未公表の重要事実を知った会社関係者等が、当該情報が公表される前に当該上場会社の株式の売買を行うことを禁止するものであり、重要事実に関する情報が公表された後は、株式の売買等が制限されるわけではありません。従って、いつ「公表」がなされたかは、インサイダー取引になるかどうかを判断する重要なメルクマールとなります。金融商品取引法では、「公表」とは次のいずれかの措置がなされたことをいいます(金融商品取引法166条第4項)。

  1. 上場会社やその役員等によって、2つ以上の主要報道機関に対して当該事実が公開され、12時間が経過したこと
  2. 金融商品取引所の上場規則に基づく上場会社等の適時開示により、当該事実が公衆縦覧に供されたこと(社会一般の人が自由に見れる状態になったこと)
  3. 有価証券報告書、有価証券届出書、臨時報告書等等で、重要事実が公衆の縦覧に供されたこと
  4. 公開買付届出書、公開買付撤回届出書が公衆縦覧に供されたこと

罰則

インサイダー取引規制に違反した場合、課徴金納付命令又は刑事罰を受ける可能性があります。

課徴金納付命令

会社関係者や第一次情報受領者がインサイダー規定に違反して株式の売買を行った場合は、課徴金の納付を命じられることになります(金融商品取引法175条)。課徴金の計算方法については、金融商品取引法175条で詳しく記載されています。

刑事罰

会社関係者や第一次情報受領者が、法令に違反してインサイダー取引を行った場合は、5年以下の懲役又は500万円以下の罰金に処せられることになります(金融商品取引法197条の2第13号)。

未公表の重要事実を伝達した者は、伝達した先の人が株式の売買などを行った場合には、伝達禁止規定に違反したものとして、5年以下の懲役又は500万円以下の罰金に処せられます(金融商品取引法197条の2第14号、第15号)。未公表の重要事実を伝達したことが刑事罰で処罰されるのは、伝達先が株の売買をした場合に限られます。

法人の代表者、代理人、使用人、その他の人が、その法人の業務に関してインサイダー行為を行った場合は、その行為者がインサイダー規定違反として処罰されるだけでなく、その法人についても5億円以下の罰金が科せられることになります(金融商品取引法207条1項2号)。いわゆる両罰規定が適用されることになります。

企業法務の最新情報をお届けする無料メールマガジン

栗林総合法律事務所 ~企業法務レポート~

メルマガ登録する